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 サッカーのある風景 05/03/02 (水) <前へ次へindexへ>

 変化したのは、きっと距離感なんだろう


 文/竹井義彦
 忙しい。
 はっきりいって忙しくてしようがない。どのぐらい忙しいかというと、サッカーの試合をテレビで観ることがまったくできないほど、といえば判ってもらえるだろうか。

 あんなにブツブツ文句をいっていたわけだから、代表の北朝鮮戦ぐらいはきちんと観たかったのが、会社でテレビの画面を覗くことはできたが、じっくり観たのは帰宅してから。DVDレコーダーに録画しておいたものを見直しただけである。よく考えれば、それ以来、ニュース画像は別にして、サッカーの試合を観ていない。ヨーロッパはシーズン真っ盛りだし、その気になれば飽きるほど、いや端が呆れるほど観ることができるというのにである。

 ともかく、忙しい。だからこのコラムも本当は2週間に1度は書かなきゃいけないのに、催促されないことをいいことにちょっとずる休みをしたりしている。いや、本当に申し訳ない。



 それはともかく、忙しいからというだけではなく、私の中でサッカーとの距離がどうやら微妙に変化しているようだ。
 サッカーとひとことで括るとちょっと弊害があるかもしれない。サッカーを応援するということでは、嗜好が変わった訳じゃないんだが、はっきりいって日本代表はつまらない試合内容が多いので、とりあえず結果メインに見ますか、ということになりそうだ。というか、現在進行形である。ジーコ監督の代表の試合がつまらない、というと、すぐにトルシエ派なんだ、という風に受け取る人もいるらしい。確かに、トルシエジャパンの時は、いまよりももっと真摯に応援していた。だって、初めてワールドカップで勝ち点を挙げ、勝利して、グループリーグを突破したチームだからね。なにより地元開催だったから力が入るのは当然だ。

 だからといって、私がトルシエのことを好きだったかというと、そういう訳でもない。彼の功績は認めているし、その手腕も認めてはいる。が、全面的に、こう諸手を挙げて歓迎していたのかというとちょっと違う。強烈なトルシエバッシングがマスコミを中心に、というか、某新聞の一面にスクープとして解任騒動の引き金となった記事が載ったりしたけど、バッシングムードの時には判官贔屓の気持ちが強くて、個人的にはトルシエを擁護していた。けれど、それじゃ彼が監督として素晴らしかったのかというと、疑問は残っている。あのトルコ戦の采配だ。そういう意味では、私は彼を全面的に支持しているわけではない。

 自らのコンセプトを掲げて、それに合わせて選手を選び、チームを創っていくというのは、理屈好きの私には理解しやすかったという側面はある。一方のジーコ監督の場合は、とりあえず明確な戦術的なコンセプトがなく、チームがどういう戦術で闘うのかは、ピッチ上の選手任せといった見方ができてしまうので、というか、そうとしか思えないんだが、私にしてみれば、いろいろな点が理不尽に映るということはあるだろう。

 でも、それが距離感の変化の理由ではなく、もっともっと個人的な感情なんだと思う。きっといま、チームのコンセプトをきちん掲げる人が代表監督をやっていても、なんとなく私は代表の試合がつまらなく思えるんじゃないだろうかという気がしているのだ。



 私は横浜FCを応援している。
 それはこのチームが誕生する寸前からの関わりだからということもある。いや、それが一番大きいだろう。私がサッカーと関わっていく生き方をするようになったきっかけでもあり、またそんな生き方の中心のチームでもあるからだ。
 けれど、ゴール裏の住人ではない。それは、いつでもそうだった。どんな会場でも、それこそ観客席が数えるほどの人数でいっぱいになり、あとはピッチの周囲の空いているスペースに勝手に座り込んで応援するしかないような競技場でもそうだった。

 横浜FCがサッカーの中心ではあっても、私はメインスタンドの住人なのだ。チームからしてみればお客様である。かつてはソシオメンバーだったし、いまはクラブメンバーとしてチームにわずかだが資金提供しているひとりではあっても、チームの良きお客様でいようと思ってきたし、それでいいと思っていた。

 けれど、そんなポジションに対して、少しだが疑問を持ちはじめている。
 ここでも、サッカーの距離感は微妙に変化してきている。
 私は、このままでいいんだろうか。このままただ横浜FCを応援していると、誰彼になくただいうだけ、メインスタンドで試合を見たり、テレビで観るだけでいいんだろうか。そんな疑問が心のどこかに生じているのだ。



 もう一つのサッカーとの関わり、子どもたちのコーチとしてはどうなのか。
 実は、これも諸事情から変わりつつある。大きな声ではいえないが、私自身の環境が変わったということがあり、そして、私がコーチしている子どもたちがひとつ学年が上がることでチームに変化が出るということもあり、また、実はこれまでほとんど練習や試合を休むことがなかった私だが、仕事がめちゃくちゃ忙しいときには、休まざるを得ないこともあって、距離感が微妙に変わりつつあるのだ。

 練習ではいままで通り試合でできていなかったことや、習得しておいて欲しい技術をメインにメニューを考え、それを練習させ、試合では子どもの適正と将来のことを考えてポジションを変えたりしながら、大声で指示を出していることは、なんら変わっていない。以前とまったく同じである。

 なのに、私自身が感じている距離感が微妙に変化しているようなのだ。
 子どもたちとの関わりということでは、私はとても素晴らしい体験をさせてもらっていると思っている。また、つい先日のことだが、あるパーティに参加することになり、日本サッカー協会強化委員長、田嶋幸三氏の講演を聴く機会を得た。ちょっと横道に逸れるけど、この講演ではいろいろと為になるキーワードを聴ことができ、いままで以上に真摯に子どもたちと接していきたいと気持ちも新たにしている。
 けれど、この距離感の変化はいったいなにが原因なのか、私にもよく判らなかったりする。



 ある部分では接近して、もしかするとある部分では離れ出しているのかもしれない距離感。いまの私には、それをきちんと整理することもできていないようだ。自分自身の整理をしなければいけないのかもしれない。早くしないとシーズンがはじまっちゃうんだよなぁ、と思っていたら、もう週末は開幕しちゃうんだねぇ。
 ともかく、横浜FCとの距離感をきちんと把握しなきゃいけないのかもしれないな。まずは、Jリーグ。そこからはじめよう。
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