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 福岡通信 03/06/15 (月) <前へ次へindexへ>

 私と福岡通信 〜5年目のリスタートを迎えて


 文/中倉一志
 福岡に住まいを移して5年目を迎えた。その間、何の脈絡もテーマもなく、ただ思うがままに書き続けてきた福岡通信も、おかげさまで今回で188回目。我ながら、よく続いたものだと思う。振り返ってみれば本当に恵まれた4年間だった。アビスパ福岡のフロント・職員の方々、サッカー協会の方、地元メディア関係者の方、サポーターや読者の皆さん、大勢の方の支えがなかったら、とても連載を続けることはできなかった。皆さんには心から感謝したいと思う。

「何で福岡なんですか」。こんなことを時々聞かれる。先日も、2002WORLDの本運営を開始した際に、ありがたい励ましの言葉とともに、私とアビスパ福岡とのつながりを訊ねるメールをいただいた。そんな時、私はこう答えることにしている。「私が福岡に住んでいるからです」と。Jリーグの最大の理念は地域密着。地域に住むライターが、地域にあるチームの情報を発信し、それを応援するのは当たり前のこと。そのチームを好きになり誇りに思うのも当然のことだと思う。

 もちろん、私が福岡の町に慣れ親しみ、この町が気に入って行く過程と、アビスパ福岡を中心とした福岡のサッカーに肩入れしていく過程は見事なくらいにシンクロしている(笑)。しかし、そういった個人的な感情よりも、私が福岡で初めて知らされたあることが、福岡のサッカー事情を発信したいという思いを強く動かしている。それは各地方には、各地方の独特の文化や風習があるという事実だった。

 恥ずかしいことに、私は東京を離れるまで「東京の常識は日本の常識」だと思っていた。しかし、それは大きな間違いだということに気づいた。食生活から様々な生活習慣にまで、各地域には各地域の独特な文化がある。それは、気候やその町の成り立ちに大きく左右されているのだろうが、当然のように、それは住民たちの物の考え方にも大きな影響を与えている。それなのにマスメディアは依然として「東京の常識は日本の常識」とばかりに情報を押し付けてくる。「間違っている」。福岡に住むようになって私は強く感じた。



 好むと好まざるとに拘わらず、日本の政治・経済の中心が東京であることは間違いない。したがって、東京発の情報が日本標準であるかのように発信されることは、ある意味では仕方ないことだろう。しかし、日本は東京だけで成り立っているのではない。様々な文化や風習が混ざり合ってひとつの国を形成している。当たり前のように「東京=日本の標準」とするのではなく、東京をも含めた各地域の情報を発信する責任がメディアにはある。

 スポーツジャーナリストの二宮清純氏は「Jリーグが出来た一番の趣旨は、中央集権から地方分権に変えるスポーツの側からの提案」だと説く。そして、「Jリーグの設立はスポーツにおける明治維新。この改革を実現しない限り、豊かな地域社会は実現しない」と主張する。しかし、報道の現場における中央集権主義は依然として強い。地域の情報発信はおざなりにされ、発信されたとしても、あくまでも中央の目で見た情報として流されるに過ぎない。

 中央と呼ばれる東京では、この事実に気がつかない。実際、私が東京に住んでいた頃、アビスパ福岡を含め、関東以外のJリーグクラブの情報などほとんど得られなかったにも拘わらず何の違和感も持たなかった。しかし、Jリーグがあるから地域があるのではない。地域で活動する様々なサッカー関係者がいるからこそ、地域のJクラブがあり、それがJリーグを形成し、そして日本代表が編成され、ワールドカップへとつながっていくのだ。

 地域の情報を地域に住む人たちの手で発信する。この当たり前のことが出来ていない現実が私の心を強く動かした。スポーツとは元来地域住民のもの。それに携わる人たちや、自ら積極的にスポーツに関わることの誇りを持って、その情報を発信していくこと。まずは、そんな当たり前のことをコツコツと積み重ねていくことが、地域に住むメディア関係者の責任なのだと気づいた。福岡に住む私が福岡のことを発信するのは、ごく自然な姿だと思う。



 そうは言っても、現状の体制の中では地域の情報を積極的に発信するためには様々な制約がある。地域に根ざしたメディアといっても、TV局ではキー局との関係が強く存在し、また一般紙では紙面の制限があって発信できる情報量に制限がある。また、メディアが大きくなればなるほど、不特定多数の利用者の様々な要望に応える必要があり、扱う内容は「広く浅く」にならざるを得ない。そこでクローズアップされるのがインターネットメディアだ。

 速報性・同時性・双方向性等々、様々な特徴を持つインターネットメディアだが、とりわけ重要な特徴は、ある情報を世界中に向けて一瞬のうちに配信できるということだ。そして、その情報をどこに住んでいても瞬時のうちに受け取れるということだ。地域の情報を地域の人たちだけが共有するではなく、それを他の地域の人たちに伝える一方で、自分たちも他の地域の情報を積極的に受け取る。この両方が出来てこそ、本当の意味での地方分権が成り立つ。

 アビスパ福岡をはじめとする福岡のサッカーが強いとか、弱いとか、そういうことは問題ではない。自分たちの町のクラブがどのような思いをもって活動しているのか、地域住民が当事者としてどのように関わっているのか、また関わるべきなのか。これからどんなことをしていかなければならないのか。そうした情報は地域に住む人にしか分からない。だからこそ、地域に住む人の手によって情報を発信することが大切なのだと思う。

 もちろん福岡だけではない。その他の地域にも独特の文化や風習がある。そして様々な事情の中でスポーツに携わっている地域住民がいる。そうした情報も積極的に取り上げるべきだろう。2002worldに「札幌からのメール」を掲載しているのもその一環だ。インターネットメディアの利点をフルに使って、多くの地域発の情報を発信していくことが、私たち2002world編集部の大きな願いでもある。



 しかし、そのインターネットメディアも大きな課題を抱えている。1995年を境にして急速な拡大と発展を続けるインターネットメディアだが、それは、個人が手軽にメディアを持てる時代を生み出し、「受け手」であった一般視聴者が、同時に「送り手」にもなるという状況をもたらした。その結果、利用者は一般メディアの発信する情報を比較・検証するという力を身につけ、特にサッカーにおいては一般メディアをしのぐ情報の量と質を発信するという状況を作り出したのだ。

 簡単に言ってしまえば、従来の「受け手」が「送り手」を越えてしまったということ。これに対し、私を含めたメディア関係者は、「受け手」との違いを明確に出来ないでいる。もちろん、この状況は決して悪いことばかりではないが、メディア側が利用者との区別を明確に出来ないことは、報道機関としての健全な発展を妨げることにつながり、それはインターネットメディアがメディアとして認知されにくいということにもつながっている。「地域分権」を模索するJリーグでさえ、インターネットメディアに対する理解は決して深いとはいえないのが現状だ。

 今後インターネットメディアがどのような発展を遂げるかは、まだ見えていない部分もある。しかし、情報の「送り手」としてインターネットメディアに携わっている者が、質の高い情報を発信し続けることでしか解決の道がないことだけは確かだ。そういう意味では、読者の皆さんの意見に真摯に耳を傾け、メディアとしての責任を自らに問いかけながら活動することが、私と2002world編集部スタッフの責任であるだろう。

 昨日(6月14日)、博多の森球技場でアビスパ福岡vs.ヴァンフォーレ甲府の試合を取材中、アビスパサポーターの方から暖かい励ましの声をいただいた。取材中であったため、通り一遍のご挨拶しかできずに失礼したが、本当にありがたい気持ちでいっぱいになった。自分が考える責任は、まだまだ果たせていないのが現実だが、読者の皆さんの励ましや批判の声を励みにして、これからも福岡の情報を発信し続けたい。よろしくお願いします。
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