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 福岡通信 03/07/17 (木) <前へ次へindexへ>

 おめでとう!日本女子代表


 文/中倉一志
 7月12日、第4回FIFA女子ワールドカップの残された16番目の出場枠を賭けて、日本女子代表とメキシコ女子代表のプレイオフが行われた。試合の詳細については、当サイトで既に紹介済みだが(「史上最高の応援を背に。日本女子代表、最終切符をホームで掴む」)、日本女子代表は90分間にわたって気迫あふれるプレーを展開。12000人を超える、日本女子サッカー史上最高となる観客とともに、アメリカへの切符を手に入れた。まずは心からの祝福を送りたい。

 2000年から女子の全日本選手権を取材させてもらっているが、女子サッカーに対する関心の低さは想像を絶するものだ。日本一を決める大会なのに取材陣はほとんどいない。今年も準々決勝までは取材陣(?)は私1人。決勝戦は川淵キャプテンの番記者が訪れたため多くの記者がいたように見えたが、キャプテンがスタジアムを後にすると同時に番記者の姿は見えなくなり、選手や監督に取材をしていたのはカメラマンを含めて10名を超える程度。アマチュアの大会ということもあり、JFAが記者会見の場所を設けることもない。

 そんな中で行われたプレイオフの第2戦。はたして観客は訪れるのか。それはまったくの杞憂だった。直前になって行ったJFAの集客大キャンペーンが功を奏して、国立競技場には続々とサポーターが駆けつけた。ゴールの両側にはスチールカメラマン用のパイプ椅子がびっしりと並べられ、記者席はマスメディアを中心に、著名なフリーのライターがずらりと顔をそろえた。聞くところによると、こちらもJFAが強い要請を行ったとのことだ。

 かくいう私は、九州・山口地区最大手のN新聞のコラムと、当サイトで試合の様子を伝えようとしたのだが、代表取材実績がないこと、地方のライターであることを理由に、JFAから届いた返事は「取材はお断りします」。それならば、スタンドから声援を送ろうと、当編集部の西森とサッカー仲間と連れ立って国立競技場へ。単なるサポーターとして観客とともに声援を送り、スタジアムの一体感を思う存分満喫させてもらった。それは記者席に座っていたら味わえない感覚。JFAにはお礼を言っておこう。



 次から次へとやってくるサポーターでメインスタンドはあっという間に満員。国立競技場の狭い座席に肩を寄せ合って座るのは窮屈ではあるが、どこか心地良い。そんな心地良さに包まれながら、まずはメンバーチェックをはじめる。この日、集まった我々の仲間は8人。誰もそれほど女子サッカーに詳しいわけではない。この選手がああだの、あの選手がこうだの、それぞれが持っている知識を持ち寄ってチームの概要を探る。私は全日本選手権で強烈な印象を持った川上直子と、丸山桂里奈を推した。

 選手入場に続いて国家演奏が始まる。立ち上がって大声で君が代を歌う。1997年9月7日、国立競技場で大声で君が代を歌った記憶が蘇ってくる。初めて自分が日本人であることを意識し、高ぶる気持ちを抑えきれず試合前に涙したあの日。「サッカーの勝負は、その国のサッカー力で決まる。我々の役目は精一杯の応援を送ること」。あの時と同じ思いがこみ上げてくる。さあ、行け!全力を尽くせば必ずアメリカ行きの夢がかなうはずだ。

 15:00、いよいよキックオフ。双眼鏡を覗きながら両国のポジションを取材ノートに書き込む。そして、互いの特徴を気づくままに、ひとつ、ふたつと記していく。しかし、ペンは止まりがちだ。いつもより興奮気味でメモを取る余裕がないからだった。「これじゃライター失格だな」と思いながらも試合に没頭していく。スタンドにいる自分にとって最も大切なことは彼女たちとともに戦うこと。それをおろそかにしてメモなどとっている場合ではない。

 程なく、メキシコと日本の間に実力差があることが分かる。メキシコにはこれといった戦術は見られない。まず10回やれば8回勝てる相手だ。あとはメンタルの問題か。しかし、日本は慎重に、そして積極的に試合を進めていく。1−1の引き分けならワールドカップの出場権が手に入るという状況の中で最良の方法だ。前半は0−0で終了。この時点で、0−0は十分可能な相手であることを確信する。しかし、怖いのは一発。早く先制点が欲しい。



「1点取れば勝負は決まるんだ」。そうつぶやきながら後半のキックオフの笛を聞く。相変わらず日本はいいペースで試合を進める。1人、1人が自分の力の全てを出し切ってプレーを続けている。特に川上は蒸し暑いコンディションの中で、右サイドの上下動を苦もなく繰り返していく。その驚異的な体力には驚くばかり。前線では、1トップの大谷が豊富な運動量でメキシコ守備陣をかき回す。ゴールの予感がスタジアムを包む。

 そして56分、日本に歓喜の瞬間が訪れる。山本のクロスに澤が頭で合わせてゴールネットを揺らしたのだ。「よっしゃー!!」。私は思わず立ち上がって両手を空に向かって突き上げる。しかし、この1点でメキシコが意気消沈すると思いきや、メキシコはここから前へ出始めた。勝つしかないメキシコが全てを捨てて前に出てくるのは当然のこと。気を引き締めなおして再び声援を送る。サッカーは何が起こるかわからないスポーツ。気を緩めたら足元をすくわれる。

 68分、メキシコのFKに日本の最終ラインはオフサイドトラップをかける。しかし、手前の2人がラインを上げきれなかった。そこへメキシコの選手が飛び込んでGKと1対1に。その瞬間、副審が高々とフラッグを上げる。これもサッカー。仲間とともに胸をなでおろす。そして83分、日本の勝利を確信する瞬間が訪れる。右サイドからのFKを大部がゴール前へ。そこへ飛び込んだのは丸山だ。ジャンプ一番、難しい体制から右足を投げ出してシュートを決めた。丸山らしい豪快な一発。電光掲示板に映し出されるリプレイにスタンドの観衆からどよめきが起こった。
 
「アメリカまで、あと10分!」。スタンドから大きな声がかかる。ピッチの上の選手たちは、慎重になりすぎるわけでもなく、雑になるわけでもなく、ここまで戦ってきたのと同じように、自分たちのサッカーを忠実にこなしながら時間を使っていく。途中、いらだつメキシコのラフプレーもあったが、冷静さは決して失わない。そんな日本にとって4分という長いロスタイムも気にならなかった。そして試合終了のホイッスルが鳴り響くと、国立競技場は歓喜の渦に包まれた。



 試合終了後、招待席に目をやると鈴木保氏の顔が見えた。かつての日本女子代表監督で2度のワールドカップに出場。第2回女子ワールドカップでは日本をベスト8に導き、アトランタ五輪出場権も獲得した。第1回大会の時は話題にも上らず、第2回大会の頃はLリーグが華やかだったとはいえ、女子サッカー全体を巡る環境は決して恵まれていたわけではない時代。情熱だけですべてのことを乗り越えてきたであろうことは想像に難くない。この日のスタジアムの雰囲気に感じるものは大きかったろう。

 バックスタンド中央と、ゴール裏で声援を送りつづけたサポーターも感慨深いものがあったのではないか。関係者以外はほとんどやってこないLリーグのスタジアムで、彼ら(彼女ら)は声援を送りつづけてきた。誰に注目されるわけでもなく、誰に感謝されるわけでもなく。しかし、女子サッカーの発展を願い、遠くまで遠征して声をあげ、自分たちで収集した情報をネット等で紹介する。彼らもまた、女子サッカーを支えてきたのだ。

「応援、ありがとうございました。川上直子の母です」。選手のウイニングランが終わると隣の席から声をかけられた。その後ろには大谷未央選手のお母さんもいらっしゃった。女子サッカーがスポーツとして認知されているとは言えない現状の中で、仕事を続けながら、あるいは学校に通いながらサッカーを続けることは並大抵なことではない。そんな彼女たちに最大限の理解を示し、陰ながら支えてきた家族の存在がなければ、この日の結果はなかっただろう。

 川淵キャプテンは女子サッカーの普及と強化に力を入れることを明言している。女子サッカーは本当の意味で、その道をようやくスタートさせたと言えるかもしれない。劣悪とも言える環境は急激に変わることはないだろうが、この日の試合がターニングポイントになったと言える日が来ることを願ってやまない。そして、彼女たちがワールドカップの舞台で輝く姿を期待したい。
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