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 福岡通信 03/08/14 (木) <前へ次へindexへ>

 ひとつになった博多の森


 文/中倉一志
 まるでスローモーションを見ているようだった。ベンチーニョが右足で放ったループシュート。ゆっくりと、しかし確実に無人のゴールに向かって軌跡を描いていく。上村が必死になってボールを追うが、届きそうで届かない。そしてボールはゴールマウスに吸い込まれた。その瞬間、博多の森を大歓声が包み込む。広島の攻撃を凌ぎ、前からプレッシャーをかけ続けた福岡イレブン。熱のこもった声援を送り続けた福岡サポーター。ベンチで指示を送り続けたスタッフ。博多の森の全員で奪ったゴールは今季最高のゴールだった。

 苦しい立ち上がりだった。ダイレクトパスをつないで素早くボールを回す広島に主導権を奪われた。広島は高い位置にボールを当てると、ボールを中心にして左右両側から2人の選手がボールを追い越し、さらにその後方からフォローの選手が前へ続く。最低でも2人、場合によっては3人もの選手をケアしなければならない福岡は、的が絞れずうろうろするばかり。中盤のプレスは鼻先でかわされボールを自由に運ばれた。

 しかし福岡は慌てなかった。高いラインを保ち、しつこくボールを追い続け、ピンチを迎えそうになると身体を張ってボールをはじき返した。「苦しい時間を凌げば必ずチャンスが来る」。26試合を経て積み重ねてきた経験がイレブンを支える。そんな選手たちをサポーターが必死に後押しする。試合開始からずっと続く熱い声援が大きな波となり、やがて広島イレブンを飲み込んでいく。明らかに広島の動きが鈍くなっていくのがわかる。

「ウォー」。大きなどよめきが起こる。17分の林のプレーだ。ボールを受けてゴールに向かって反転すると背後から上村に両手で抱きつかれた。しかし林はひるまない。ぐっと腰を落とすと一気に加速。上村を振り払ってゴールを目指す。普通ならファールで止められるシーンだ。しかし、林のゴールを目指す凄まじい迫力に、レフェリーはプレー続行を指示。ゴールはならなかったが、このプレーこそ、この日の福岡を象徴するプレーだった。



 1点のリードで迎えた後半。勝負はここから、キックオフ以上の緊張感がピッチに漂う。ここのところ決定力不足に悩む広島だが、潜在的な攻撃能力はJ2随一。このままで終わるような相手ではない。案の定、前がかりになってゴールを目指す。福岡は再び押し込まれた。「一瞬でも隙を見せるな!」(松田監督)。指揮官の指示を受けて選手たちは高い集中力で広島の攻撃を跳ね返す。サポーターもここが我慢のしどころと、さらに大きな声援を送る。やがて広島は再びリズムを崩していった。

 61分、ここが勝負どころと見た松田監督は古賀を投入する。5年前、鳴り物入りでJリーグ入りした古賀は、その才能を発揮することなく時を過ごし、昨年福岡へ移籍してきた。しかし、つらい期間を経て、流れを変えるスーパーサブという居場所を見つけた。これまでの思いの全てをぶつけるかのように攻め上がる古賀。鋭い出足で相手のボールを何度も奪取。スピードに乗った突破を見せては広島守備陣をかく乱する。流れが福岡に傾くのは当然の結果だった。

 前に出ようとする広島からボールを奪うと福岡は両サイドへフィード。右からは大塚が、左からは古賀が鋭いドリブルでチャンスを広げる。69分、アレックスとのコンビで左サイドを突破した古賀が林の頭にドンピシャリのクロスボールを送る。これを林が豪快に叩きつけて2点目。さらに84分、林が2人のDFを置き去りにしてドリブル。そしてラストパスを受けたベンチーニョが駄目押しゴールを決めた。観衆は総立ち。誰もが大きな声で雄叫びをあげる。気が付けば、記者席で両手を突き上げる自分がいた。

 その直後、福岡はマルセロにミドルシュートを決められる。それは「まだ気を緩めるな、試合は終わっていない」というサッカーの神様のメッセージだったのかもしれない。一瞬の静寂のあと、再び大きな声援が博多の森を包み、イレブンは再び積極的にボールを追う。3分というロスタイムも気にならない。笛が鳴るまで戦い抜くだけのこと、誰もが同じ思いだった。そして長いホイッスルが鳴った。湧き上がる歓声。誇らしげに両手をあげて応える選手たち。この夜、博多の森はひとつになった。



 全員で勝ち取った勝利だった。この日、博多の森に足を運んだ一万人を超えるサポーターは、広島との対戦が単なる1試合ではないことを知っていた。自分たちのチームがひとつの殻を破るチャンスを迎えている。勝てば大きく飛躍する。しかし、次のチャンスを待つほど時間は残されていない。ならば総力をかけて戦うまで。そんな気持はキックオフと同時に大声援に代わり、90分間、ただの一度も緩むことなくピッチに送られた。

 選手たちは強豪との対戦を臆することなく、そして真正面からぶつかっていった。勝負を分けるのは「勝ちたい」という気持ちの強さ。それを見事に表現してみせた。相手よりも半歩速く、相手より半歩長く。距離にすればほんの数10センチの差。それを90分間続けることで厳しい試合を自分たちのものにした。広島に第1クールのような勢いがないことも確か。しかし、立て直しを図る広島のリズムを狂わせたのは、この福岡の気迫であったことは間違いない。

 ヒーローインタビューに林とベンチーニョが呼ばれる。高い位置でのチェイシングと前線で身体を張ったプレー。結果は1ゴール2アシスト。その林の頑張りがチームに勝利をもたらした。ベンチーニョは2ゴール。サンパイオのマークにあったが、わずかな隙をついて決定機を演出するプレーはゴール以上に輝いていた。そして、彼らを支えた仲間たちの活躍も見逃せない。誰もが全ての力を出し切り、誰もが仲間のカバーに走った。

 広島が攻め上がってくるところには、必ず福岡の選手がいた。そして前線のスペースには必ず福岡の選手がいた。宮崎が走る。アレックスが攻める。川島も大きなサイドチェンジとオーバーラップでアクセントをつける。中盤では篠田と米田が攻守のつなぎ役を勤めた。ピンチもあった。しかし、塚本が、蔵田が、そしてセルジオが身体を張って跳ね返した。自分の持ち場を守ることはもちろん、空いたスペースは全員でカバー、キャンプ中に志向したサッカーがようやく形になった。最後の鍵は精神力という武器だった。



「こういった難しいゲームで、いつも先に点を取られていたのがアビスパでした。そこをきっちり凌いで3点を取ったということで、チームが一皮向けたと思っていいんでしょうか」。記者会見で監督に問いかけた。返ってきた言葉は冷静だった。「こういうステップを踏みながら確実にレベルアップをしている。しかし、本当の力っていうのは1年通して出るもの。そういう意味では、まだまだ発展途上の段階」。福岡の目指すものは、まだまだ先にある。

 2ゴールのベンチーニョも同じように語る。「3連勝したといっても、その後が大事。連勝中の内容のいいところを上げていって、このまま調子を上げなければならない。負けてしまっては、いままで積み上げてきた勝利と勝点が台無しになる」。ようやく手に入れた自信という武器。それは勝ち続けることで大きくなり、やがてぶつかるであろう新たな壁を打ち破る力に育っていく。

 次節はホームで大宮アルディージャとの対戦。第2クールで勝ち星から見放された大宮は、22節を終えた時点で8位にまで後退。しかし、第3クールは3勝1分1敗と持ち直している。広島同様に手ごわい相手であることにかわりはない。次節の戦いも厳しいものになるだう。しかし、福岡にとっては中位グループへの仲間入りがかかるばかりか、上位進出も見えてくる大事な試合。広島戦以上に強い気持ちで臨まなければならない。

 福岡の取る道はただひとつ。自分たちのサッカーを貫くこと、そして総力を挙げて戦うことだ。久しぶりに、本当に久しぶりにひとつになった博多の森。選手たちは辛抱強く小さな成功経験を積み重ねてきた。サポーターは低迷する成績に耐えて応援を続けてきた。いま、その思いがひとつに重なった。あとは共に戦うだけ。その先に勝利が見えてくる。
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