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 福岡通信 03/11/09 (日) <前へ次へindexへ>

 23番目の選手。その名は公認審判員。


 文/中倉一志
 松尾幸一さん(45歳・2級審判員)。福岡県内のグラウンドでアマチュアの試合を観戦している人なら一度はお見かけしたことがあるはずだ。現在は福岡市サッカー協会常任理事、審判委員長を務める。サッカーとの出会いは社会人になってから。高校時代の仲間が作るサッカーチームに誘われた。ところがチームには審判員の資格をもった人間がいなければならない。松尾さんに白羽の矢が立った。「初めてサッカーに触れたのが3級審判員の試験(笑)」(松尾さん)。以来、20年を超えて審判として活動を続けている。

「今日は会社を休んで来ました(笑)」。そう話しかけてくれたのは浦真(うら・まこと)さん(39歳・2級審判員)。日中に少年サッカーの審判をこなした後、待ち合わせ場所に来てくれた。福岡商業出身の浦さん。インターハイ、九州大会、国体選抜の選手として活躍した、かつての名プレーヤーだ。しかし、20歳の時に腰を痛めてプレーヤーを断念。35歳の時に小学生の指導を開始したのが審判との出会いだった。指導する立場として審判員の資格取得の必要性を感じたからだった。

「中学生になったら3級が取れると聞いていたので楽しみにしていたら、福岡県では4級までしか取れなかった。ですから、高校になるのを待って3級を取りました」。まだ18歳ながら将来の国際審判員を目指す瀧本章太さん。サッカーとの出会いは小学校4年生のとき。浦さんの教え子でもある。当時からアシスタントレフェリーを手伝っていた。「審判って楽しい。その時に思ったんです」。以後、プレーヤーと審判を両立させてきた。

 あらゆるスポーツを見渡しても、選手や観客から批判を浴びることにかけてはサッカーの審判の右に出るものはいない。プロの世界ほどではないにしろ、その事情はアマチュアとて変わらないようだ。私も何度か目撃したことがあるが、口汚く審判に詰め寄るアマチュア選手もいる。それでも時間があれば、ホイッスルとフラッグを持ってピッチに立つ審判員。福岡市を中心にホイッスルを吹くアマチュア審判員の3人に話を聞いた。



 審判の仕事は我々が思う以上に大変だ。多くのスポーツで審判はひとところにとどまって判定を下すのに対し、サッカーは105メートル×68メートルのピッチの上を動くボールのそばにいることが要求される。「審判にはバックもFWもないんですよ」(浦さん)。かくして審判は1人で90分間走り続けることになる。時にはジョギングで、時には猛ダッシュで。「とにかく走れないと話になりません」。浦さんは会社への片道5キロの道のりを毎日走って鍛えた。

 さらに試合中は選手とのコミュニケーションが大切になる。これもサッカー特有の問題だ。観客には聞こえないが、試合中、選手たちはひっきりなしに審判に話しかけてくるのだそうだ。そのほとんどが判定に対する不満とも。そういえば、私の知人も自分に有利な判定が出るように試合中プレッシャーをかけ続けているなどと不謹慎なことを言っていた。しかし、どんなに選手が興奮しても冷静に毅然とした態度を取り続けなければならない。

 アマチュアの試合といっても勝利を目指すことに変わりはない。その是非はともかく、選手たちはあらゆることをやる。「自分で倒れても笛を吹かないと怒ります。その反面、笛を吹くとニヤリとされることは多いですね」(瀧本さん)。選手とて悪気があるわけではないだろう。しかし、そういったことも見抜く眼力が審判には求められる。そして、さらりと流すことで何事もなく終わらせる必要もある。必要以上に対応すれば選手も引っ込みがつかなくなる。

 そして最も難しいのが判定のタイミングだ。「ボールが動いているので、瞬時にいいとか、悪いとかの判断をしなければならない。ちょっと躊躇すればボールは遠くに行ってしまう。それを戻すことは出来ませんから」(松尾さん)。ラグビーならプレーを続行させてから元の位置に戻ればいい。しかし、サッカーは元の場所には戻れない。あっと思った瞬間にはホイッスルを鳴らしていなければならない。まさに心・技・体が求められている。



「一番大事にしているのは公平性と判断基準」。審判の最も大切なことはとの問いに浦さんは答えてくれた。サッカーは犯した行為自体で判定を下すのではない。選手のある行動が、反スポーツ的行為なのか、はたまた危険なプレーなのか等を判断し、その上で判定を下す。身体をぶつけたという事実があっても、それが問題ないと判断すれば笛は吹かない。しかし、危険だと判断すればファールの判定を下す。これは厄介だ。判断など人によって違うからだ。

 だからこそ、最初の笛が大切になる。それが審判の判断を選手たちに示す材料になるからだ。だがこれも難しい。同じ行為でもカテゴリーが違えば危険度は異なるし、同じカテゴリーであっても、その試合の持つ意味や、互いのプレー振りによって判断基準を変えなければならないからだ。審判の役目は選手を裁くためではなく、試合をスムーズに進行させること。画一化された判定は却って試合の流れを悪くする。正解はその都度変わる。

 しかも、審判のさじ加減で試合は大きく変わる。そういう意味では審判は試合を動かしているとも言える。「審判の難しさが分からないうちは、自分が大将、ジャッジを下しているんだという意識があった」(浦さん)。ある時、たった一つの判断が試合の流れを大きく変えた。「いまは怖いですね。いや、スリル満点かな(笑)。試合がスムーズに終わると満足感がありますね」。しかし、それが可能になるのは、ありとあらゆる状況を、瞬時に、しかも正確に判断した時だけだ。

 試合のたびに、カテゴリーが変わるたびに異なる正解。さらにスポーツでは全く同じ状況など起こりえない。多くの経験を積むことは必要不可欠だが、それだけでは十分ではない。経験を積み重ね、その経験に基づいて、その場に最も適した新たな判断を下さなければならない。しかし、審判という職責上、選手や観客は100点満点しか求めていない。苦労は多く、しかし見返りは殆どない。軽々しく審判批判はできないな、正直に、そう感じた。



 話を聞けば聞くほど報われることの少ない仕事だなと思う。しかし、話を聞かせてもらった3人は取材の間、嫌な顔ひとつしなかった。「誰から誉められるわけでもない。自己満足みたいなもんですね。気が付いたらズルズルと20年が過ぎてしまいました」。笑顔を浮かべながら、さらりと言ってのける松尾さん。苦労どころか、楽しんでいる様子がありありと見える。そして週末になると、いつものようにスタジアムへ出かけて笛を吹く。

「魅力はありますね。依頼があれば何を差し置いても行こうと思います」。本当に嬉しそうに浦さんは話す。かつての名選手は少年サッカーの指導者としての道もあった。事実、その道を歩み始めてもいた。しかし、資格試験でインスペクターに誉められたことで審判の道へと進んだ。「優先順位は審判が一番。あらゆるカテゴリーで笛が吹きたい。そして、これから審判を目指す人たちのために場を作ってあげたい」。その言葉にはサッカーに対する愛情があふれている。

「サッカーの全部を知りたいと思って審判と選手の両方をやっていたら、審判にはまってしまいました。やるからにはプロとか国際審判を目指したい」。そう語る瀧本さんの目は遠い目標をしっかりと捉えて離さない。最終目標はワールドカップの舞台で笛を吹くことだ。サッカーの本質を知りたくて踏み入れた審判の世界。知れば知るほど奥が深かった。満員のスタンドで毅然とホイッスルを吹く瀧本さんの姿を一日も早く見たいものだ。

 みんなサッカーが好きなのだ。目立つためじゃない。誉められるためでもない。サッカーにとって絶対に欠かせない部分に関わっていること、考えてみれば、サッカーが好きな人にとっては、これ以上の喜びはないかもしれない。今、どうしたらJリーグで笛を吹けるのかという福岡市サッカー協会への問い合わせが増えているという。「自分もそうだった。そういう子供たちが増えれば嬉しい」とは瀧本さん。彼らのサッカーを愛する気持ちは確実にサッカーファンに伝わりはじめている。
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