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 札幌からのメール 04/06/06 (日) <前へ次へindexへ>

 いつか来る日の心の重み


 文/笹田啓子
 仕事を6時のジャストで終えてさぁドームへダッシュだ6月1日。でもいつも使っている路線のバスは都合よくやってこない。仕方ない。ちょっと遠回りになるけど別のバスに乗ろう。ごくごく薄めた墨汁がじんわり滲んだような空からポツポツと降り出した雨、わずかの時間の通り雨。

 バスからの車窓は普段見ない景色。街中に突然出現するタマネギ畑。濃褐色の土から凛と一列に揃った鮮やかな緑のタマネギの苗。を、見ていると何故かトートツに「タマネギ畑を真直ぐに見つめる柳下監督の背中」の画像が頭に思い浮かぶ。・・・あたりまえだが実際に柳下監督がタマネギ畑をそのように見つめていたことがあったわけでは全くない。第一サッカーの監督をしに札幌に来ているのに何が悲しくてタマネギ農家に転職していようか。

 私の想像力豊か?な脳内の問題なんである。
 ちかごろとみに、なんだけど「苗が植えられたばかりの畑」「芽が出揃ったばかりの畑」を見ると自動的に「うちのチームのよう」と変換されてしまうのである。
 畑のそばには作物の生長を見守るうちの監督。私達サポーターは畑の主である監督のうしろから、「いつ花が咲くの?」「どんな実がなるの?」「となりの畑はもうきれいな花が咲いてるけど、うちはまだなの?」とか、素朴な質問をぶつける社会見学の子供達みたいなもんだ。ちょっと芽がキレイに出揃うと、次の葉がのびて花が咲いて・・・というところをすっ飛ばして明日にでも実がなるとばかり私達ははしゃぐ。でも農場主、いや監督の背中を見ていると、どうやらそうじゃないんだ、ということが子供心なりに察知できる。育つって、育てるって、難しいことなんだな・・・



 ・・・などと、タマネギ畑妄想を頭の中で繰り広げているうちにバスは所定の駅に着き、さあドームへ向かう地下鉄乗るぞ。普段は乗客の少ないことで知られる地下鉄・東豊線、今日は終点までずっと混雑のままだ。終点・福住の駅は青いユニフォームに身を包んだ人達を次々と吐き出す。札幌では3年ぶりとなる(世代別ではあるけども)代表戦。
 道すがら、札幌サポ仲間に出会う。「久しぶりに混んでるよね!」「普段のサッカーの試合もこのぐらい来いよなって言いたいよね!」今季札幌のドームでの動員は1万1〜3千程度。この日U-23の試合に集まったのは3万7千。3倍のお客さま。まぁ、ウチはこのところ勝ててないから仕方ないにしても、なんかなぁ。

 場内にたどり着くと、場内は本当にお客さんで一杯だ。最近このぐらい満杯のドームを見たのは巨人−日ハムのオープン戦以来。ますます卑屈になる気持ち、ではあるけれど、滅多に買わない指定席、6千円も出してるからには楽しまなければ。それに今ちゃんもいる。

 かつて札幌にいた山瀬・今野にとっては札幌ドームでの試合は凱旋のようなもの。サポーターにとっても、彼等がどのように成長しているか見る楽しみもある。特に今野はほんの半年前までこのドームのピッチを主戦場としていた。そこを離れてから今日までのあいだ、U-23での活躍があった。実際生で見る今野のプレーは、半年でさてどのぐらい変わってるように見えるだろう。それを見守るのは、ファンもそうだし、場内に掲げられた小さな横断幕の数々。そのどれもが、去年まで札幌の試合でいつも掲げられていたものだ。

 後半から出場した今野のプレーは、半年前の真摯さそのままで、だけど粗さが取れて柔らかさが増していた。ただ激しいだけでないしなやさかを、これからきっと彼は少しづつ身につけていくんだろう。それらを全て兼ね備えることができたとき、「世代別」のカッコ書きのとれた代表に今野は名前を連ねているだろう。それが半年先のことか、それとも3年4年先のことかは、今はわからないけれど、何年かのちにまた今ちゃんの成長を見届けられたらいいなと思う。



 後半からの交代出場には、大久保や松井もいた。彼等に対しては、やはり人気選手に対しての声援が一際大きかった。私自身も彼等のプレーは見ていて楽しいし好きだ。けれど、それはその試合で今野を見ているときに心に潜む感情とは全く重みが違っていて、代表戦を見ていて終始感じたその「重みの無さ」が、自分にとっては多少居心地の悪い感覚でもあった。

 「やっぱ、選手が育ってるところを見続けるのがいいよなぁ」

 それは、地元にチームがあるサッカーファンが持てる、小さな愉しみ尚且つ大きな希望。いまの札幌を支えるのは、この想いに拠るところが大きい。

 数字の結果だけ見れば、4月、5月はひとつも勝てず、12試合連続で勝ち星なし、最下位暮らしも密かに長くなってきた。傍から見れば、「札幌も苦しいでしょうが頑張ってほしいですね」などと同情にも似た言葉をかけられるような存在に違いない。実際それに似た言葉はよく聞くし。
 だけど、チームを見守り続ける人達には今確実に見えてきたものがある。それ即ち「チームの成長」。

 3月の開幕当時の練習試合では、地元大学生相手に勝ってはいても新人選手達の線の細さや落ち着きの無さ、頼りなさばかりが目について、「・・・モノになるのはまだまだ遠い先のこと・・・」と思っていた。4月初旬のサテライト、ヴェルディとの対戦でもその印象は大幅には変わらなかった。「J1勢とやるとさすがに圧倒されるなぁ」。そうしているうちに、辛うじて勝ち点を稼いでいたトップが徐々に負けが込んでくる。育成にセットで組み込まれている我慢。「覚悟はしてたけど、やっぱ辛いね、我慢って」。



 その状況に変化が訪れたのは、5月中旬からだと思う。
 3月の開幕当時に戦った道都大とふたたび対戦。札幌の顔ぶれは3月のときと変わらない。なのであまり期待などしていなかった。それがどうだろう。あれほど脆く見えた新人達が、ちゃんと逞しくなっている。危なげなプレーが随分と減っている。チーム全体に「やるべきこと」が浸透している。まだ100%実現には至っていないまでも。連敗のつづくなか、私はピッチの中に春を見つけた気持ちになった。続くサテライトでのマリノス戦。ユース選手の配分量はほぼ同じぐらいの相手に、4月、ヴェルディにやりたい放題をされたチームの姿はそこになかった。攻守にわたって圧倒していたのは、札幌のほうだった。2−1でサテライト今季初勝利。

 チーム全体としては確実に成長していることを確認できること、選手達が上手くなっていくのを見ていくことの面白さ。それは、サテライトだけでなくトップにも徐々に表われてきている。勝ってこそいないものの、90分のあいだでチームとしてやろうとしていること、が具体的に得点というカタチになってきている。それが今はまだ1試合に1点だけだけど。得点を増やすか失点を減らすか。そのどちらかが見えてきたとき、自ずと勝ち点はついてくる。

 緩やかな畑の畝に見えた小さな苗たちは、ちょっと見ないうちにその背丈をぐんと伸ばしていた。時間をかけてゆっくりと、だけど一斉に伸びていくその風景。これから1ヶ月経ってまた同じ畑を見たとき、「ちょっとしか伸びてない!」と思うか、「すげえ!こんなに大きくなった」と思うか。畑を守る人(監督)と苗たち(選手)の成長意欲にそれは委ねられる。であれば社会見学の子供達な私達サポは、「芽が出た→実がなる」という一足飛びな発想をせず、「葉が一枚増えた」「ツルがでてきた」「つぼみがついた!」と順番に訪れる変化をひとつづつ楽しみに待っていよう。成長した度合い、見守っていた長さ、それぞれの幅が大きければ大きいほど、いつか来る日の心の重みは大きくなっていくはずだ。
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