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 札幌からのメール 05/08/22 (月) <前へ次へindexへ>

 裏切らぬもの


 文/笹田啓子
 アウェイ山形戦が激しい雷雨のため延期になった20日、北海道は夏の甲子園に沸いていた。南北海道代表の駒大苫小牧が、57年ぶりの夏連覇を果たしていた。

 昨年の初優勝での歓喜のあと、彼等を襲った「重圧」。周囲の期待と、それとは裏腹に遅れていくチームづくり。センバツ出場を果たすも2回戦敗退、春の全道大会に至っては1回戦で敗れていた。「優勝旗を返しに行けないかもしれない」まわりの見る目の中でそれは、10代の少年達が背負うには重過ぎるような負荷。しかし彼等はそこから逃げ出さず、夏の南北海道大会で初の3連覇を果たして優勝旗を全員で甲子園に返しにいくことができたどころか、また再び北海道に持ち帰ってきてしまった。

 圧勝があり、逆転勝ちがあり。そこまでたどり着いた道のりが苦しかったからこそ、積み上げてきたものがあったからこそ、土壇場で発揮される揺るがないもの。それがこのチームにはあった。

 さまざまなことに挑み、立ち向かってそして得るものの大きさ。ひとが「経験」と呼ぶもの。今年の夏はなんだかそんなことを感じさせるものを続けて見た。



 8月最初のホームゲーム。札幌ドーム、相手は横浜FC。
 仕事を終えたその足でドームに向かうと、キックオフの午後7時を過ぎているのにまだ会場を目指す人達の波に出会う。当日券売り場に大勢の人が並んでいるのを見たのは何時以来か。その日のドームの入場者数は2万人を越えた。ドームでの来客数が2万人を越えるのは、2003年の開幕戦以来のこと。夏休み期間中ということと、チームの好調ということも勿論原因のひとつではあったと思うけど、最大の理由は、間違いなく「カズ」。その日から2週間ほど前に横浜FCへの移籍が発表になったばかり。「カズが見たい」という声は、私の周りのあちこちからも確かによく聞かれた。

 その日カズはベンチスタートだった。
 札幌は前半2分という早い時間に先制点を挙げていたけれど、それが逆に作用したのか、そこから選手の動きが徐々に鈍っていく。ミス絡みで献上したセットプレーから前半終了間際に失点。それでもホームなのだから無様にこのままズルズル行くわけにはいかないだろう。しかしそこに出てきた、カズ。選手紹介に、横浜FCにとってアウェイであるにもかかわらず場内から沸きあがる歓声。そして後半のキックオフ、センターサークルに並んだ城とカズ。ふたりの後姿から放たれている空気は、ホームチームで、順位も上のはずの札幌を威圧するのに十分だった。「なんか、選手飲まれてない?」と仲間が唸る。そう思うのは、自分たち自身がカズの姿に飲まれていることを感じているからにほかならなく。

 前半の途中から失った札幌が失った流れは、そのあと二度と戻ってくることがなかった。
 交代で入ってきたカズの献身的な動き。といっても往年の動きからすれば、そこに確かに衰えはある。しかし、「カズがそこにいる」というその存在感。カズという存在感が横浜FCのほかの選手達に与えている影響の計り知れない重さ。いくら札幌が今年好調で順位もJ1昇格を狙える圏内にいるといっても、経験というものに裏打ちされた存在感の前には、札幌が育成途中の若い選手達のチームであるということを、今更ながらに思い知らされるだけで。その勢いの差のまま、後半25分GK林が前に出ているところを見透かした小野のループが、林の頭上をきれいに越え無人のゴールに転がっていった。それがその日の試合の決勝点になった。



 試合に負けた直後には内容の不甲斐なさに腹立たしさしかなかったけれど、あとになって試合を振り返ったとき、考えることが変わっていた。一番目に焼きついているのは、センターサークルに立ったカズの、匂い立つような後姿。

 特にカズのファンということはなかったけれど、まだ日本にとってワールドカップ出場など夢物語でしかなかった時代、単身ブラジルに乗り込んでいってサッカーのプロとして活躍をはじめたカズのことを、同い年の私は単純にすごいなと感じながら、まだあまり大きくはなかった報道を追っていた。その後の日本での活躍、Jリーグ開幕、ドーハ、セリエA移籍、フランス大会予選・・・。それは誰も知るところのものであり、それが必ずしも彼の栄光の歴史ばかりではないことも、また誰もが知っている。そしてそうでありながら、カズという選手はそれらからここまでなにひとつ逃げずに立ち向かってきていた。

 都合よく立ち回ることしか選ばなかった人間には得られることのない、からだの真ん中に真直ぐに貫かれている信念、のようなもの。最も自分を裏切らぬもの。自分を信じられる記憶のいくつか。逃げずに戦ってきたその勝負の経験。カズには間違いなく、それらがあった。

 チームとして未だ若い札幌に、現状ではそれを求めるべくもない。むしろ「逃げずに立ち向かうこと」をまず積み重ねていっている最中であり。そこには勝利もあれば、苦い敗戦もある。けれどそれらを真直ぐに見つめ挑み続けることでしか、得られないものがある。そしてそこで得たものは、のちに自分を決して裏切ることがない。



 13日の厚別での仙台戦。今季これまで仙台には2戦して2敗0得点7失点。すこぶる戦績が悪い。その仙台に対して、強風の厚別、後半風上に立ち押しながら得点を奪えず、逆に後半26分、FKから交代出場で入ってきたばかりのシュウェンクにヘッドで決められてしまう。時間帯、今季の戦績を思うと「こりゃダメかも」とつい思ってしまう展開。選手達がこの事態にどう立ち向かうか、立ち向かえず苦い経験ばかりをまた増やしてしまうのか。

 後半35分、交代で石井が入る。今年ユースから上がったばかりの、その日の札幌のメンバーの中では最も若い選手。彼がその「事態」に敢然と立ち向かった。積極的にボールに絡もうとする。チャンスはその僅か2分後に訪れた。石井がミドルで放ったシュートはポストに当たって跳ね返り、それを同じく交代出場の中山が決めた。同点。さらにその5分後、このところDFながら得点を重ねている池内が鈴木の蹴ったCKからヘッドで押し込む。追い込まれた展開に立ち向かった、という経験。そしてそこから逆転勝ちという経験。

 今季昇格争いが佳境に入れば、こんな試合どころではないぐらい追い込まれる展開もあるだろうし、精神的に追い込まれることも想像に難くない。そこに立ち向かっていかなければ本当の経験にならないし、ましてやJ1昇格など覚束ない。高校生の少年たちがこの夏甲子園で見せたものに、大人の自分たちが負けてなどはいられない。苦しい時代から逃げずに今ここにいることを忘れずに、これからひとつずつ立ち向かい、そしてひとつずつ自信を増やしていこう。いつかそれは札幌を、本当に裏切らぬものになる。
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