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 スペインからの風 04/03/14 (日) <前へ次へindexへ>

 マドリードを襲った11-M


 文/中島泰介(アリカンテ在住)
 
 3月11日。この出来事を私は列車の中で知った。所用で朝マドリードからバジャドリードに向かう途中、突然列車が止まったのだ。眠気でうとうとしていたが、列車が止まったことには気づいていた。どれ程の間止まっていたかは定かではないが、目を覚ましたときにはまだ列車が止まっており、他の乗客に事情を聞いてみるとテロ行為の影響だという返事が返ってきた。スペインでは度々バスク地方の独立を目指す過激派グループETAが列車や車に爆弾テロを行なうことがあり、その予告があったのだと思った。しかし、もっと詳しい情報が入ったとき、それは想像を絶する惨事だということが分かった。

 マドリード郊外で4本の列車に仕掛けられた10の爆弾が爆発し、多くの死傷者を出していた。3月14日現在、死者200人、負傷者1,500人以上。スペイン政府を含め全てのスペイン人がこの犯行声明なしのテロをETAの仕業だと考えたが、事件と同じ日にスペイン郊外で爆弾とコーランの節が録音されたテープをのせたワゴン車が発見されたため、イスラム過激派による犯行の可能性も含め調査が開始された。そして13日夕方、アルカイダのスポークスマンと自らを呼ぶ男の犯行声明のビデオテープも発見され、イラク戦争を支持した(9割以上のスペイン人は反対していたが)スペインに対するテロ行為の可能性が大きくなった。

 テロの起きた日は勿論交通網が乱れたが、何とか深夜にマドリードに戻ることができた。次の日のマドリードは悲しみに包まれていた。街の至る所に黒いリボンを真ん中に付けたスペイン国旗が掲げられる。爆発が起きたアトーチャ駅前にはテロ行為に対する怒りそして被害者への哀悼のメッセージ、ろうそく、花束、そしてTVカメラに包まれる。駅近くにはまだ爆破された列車が痛々しく残っており、しとしと降る雨は悲しさを増幅させる。こちらのメディアは死体も平気で露出するため、テレビや新聞でその被害の凄まじさがより写される。

 MarcaやASなどのスポーツ紙もこの日ばかりはテロのニュース。新聞を見て初めて昨日UEFAカップの試合があったことを思い出した。ニューヨークの9.11のときもチャンピオンズリーグの試合が行なわれたが、今回もUEFAは試合を予定通り行なうことを決定した。スペインのクラブは延期を願い出ていたにもかかわらず・・・。この影響のせいなのか、スペイン4クラブのうち3つが敗北を喫している。アスナル首相も今節のリガを行なうようスポーツ最高理事会に要請。延期をすればテロに屈したことになると思ったのだろうか。この日のスペインのクラブの記者会見も内容はテロ行為についてや被害者への慰めの言葉が並び、フットボールどころではないように私には思えた。

 同日19時からスペイン全土で反テロのデモ行進が行なわれた。参加者は新聞によるとマドリードで200万人、バルセロナで100万人以上、セビージャを中心にアンダルシア地方でも200万人、全国で800万人が参加した。反テロを叫ぶが、テロリストが誰なのか確定していない現時点では、誰に怒り、反テロを訴えていいのか分からない。

 13日、また大きなショックを受ける。スポーツ紙ASに亡くなったレアル・マドリードの関係者の名前が載っていたが、その中に今回のマドリード滞在中に私が知り合ったファンクラブの方の名前が載っていたのだ。彼の友人に電話をし遺憾の意を伝えるが、それ以上何を話していいかわからない。もうテロから2日経ち気持ちを落ち着かせることができたのか、電話の向こうからははっきりした声で「これも人生だ。こういったこともあるんだよ」。電話したことを感謝され、会話はすぐに終わった。

 まだしばらくはこのスペイン全土、いや世界を不安にさせた事件の話題が続くだろう。実行犯がETAであろうと、アルカイダ又はまだ知らぬ組織であろうと、政治的・民族的な問題に関わってくる事件。ここでそれを細かく語るつもりはない。悲しみにくれる被害者及びご家族の方々、スペイン国民が早く明るさを取り戻すことを願うばかりだ。
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