topnewscolumnhistoryspecialf-cafeabout 2002wBBSmail tolink




<前へ次へindexへ>
クラブと街でひとつのチーム


文/山田 晃裕

「笑う」という動詞には、比喩的に「つぼみが開く」という意味がある。苦しい時も笑顔を絶やさず物事に傾倒することは、つぼみが開き大輪の花を咲かせるのに不可欠な要素のひとつである。サポーターと共に笑って泣いて、「昇格」という花が咲くあと一歩手前までやって来たカディス。6月18日、昇格を賭けた最終節は、アウェーで永遠のライバル・ヘレスとのカディス・ダービーである。

 チケットが売り出されたのは月曜日。アウェーであるカディスにはヘレス側から6500枚のチケットが分配された。2部の試合とは言え、カディスの人々にとってはプラチナチケットであって、朝からチケット売り場に行列をなしている光景が見られた。ダービーに関する情報がテレビや新聞を賑わしていた。また、選手たちの練習は試合開始時間に合わせて、いつもの練習場ではなくスタジアムで行われた。カディス全体で決戦への緊張感と期待が高まっていった。

 そして、迎えた土曜日。RENFE(スペインの国鉄)の駅に向けて黄色い人々が集まっていく。RENFEはこの日のためにカディスファンのためにヘレス行きの列車本数を増発。試合のチケットを持った人だけが列車に乗ることを許される。コントロールを敷く警察官の忙しそうな顔をよそに、酒を飲み、歌いながらカディスサポーターがプラットホームに向かう。電車の中は黄色一色に染まり、発車を今か今かと待ち望む声があちらこちらで聞こえる。その声はやがて歌に変わり、電車の中はスタジアムのサポーター席さながらの盛り上がりを見せた。

”Si, si, si, subimos en Chapin!!!(チャピンで昇格するぞ)”

 人の熱気でムッとする空気で満たされた車内で歌い続けること1時間、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラに到着。

 出口に集結したカディスサポーターはざっと数えても2000人。別の列車で4000人近くがやってくることになっている。その一方で、ヘレス市民が物珍しさで見物にやって来て、ごく少数のヘレスサポーターがカディス側を挑発しに来ていた。両者の間には警察が目を光らせており、本格的な対決はスタジアムでの応援合戦まで持ち越しとなった。


 ヘレスのホームであるエスタディオ・デ・チャンピンへ。サポーターの割合はヘレス:カディス=3:1といったところで、試合前から応援合戦が繰り広げられる。ピッチレベルでは、ゴール向かって右から左に向かって強い風が吹いており、風上と風下がはっきり分かれることになりそうだ。両チームの選手がピッチに現れると、両側のサポーター席から一段と大きな歓声が上がる。ホームと同じように巨大ユニフォームが広がった。いよいよキックオフ。

 開始直後は両チームとも出方を探っているのか、ゆっくりとした展開となる。向かい風のカディスはアタッキングエリアまでロングボールを多用する。そこから先は普段どおりの勝負の世界で、3分には左サイドのセスマがドリブル突破を図るもヘレスDFの壁に跳ね返される。対するヘレスは、カチョッロを中心に左サイドからショートパスで繋いで中に放るといった展開。6分にFKからチャンスを掴むも、いずれもゴールには至らなかった。

 海に面したカディスでは日常的に強風が吹く。ヘレスは海に面していないが、この日の風の影響は想像以上に大きいようで、アルマンドのGKは最前線のオリまで届かず、DFの懸命のクリアも大きくは飛ばない。オリは前のスペースに出たボールを懸命に追いかけることになる。いつものポストプレーもこの時間帯は影を潜めていた。前半追い風のヘレスも、不規則に変化するハイボールのスピードの対応に追われる。この日の風は皮肉にも両チームを苦しめることとなった。


 ヘレスは左サイド→中央の攻撃を続ける。FWを務めるダビド・ナバレスは小柄ながらも足技でカディスDFを揺さぶり続ける。中央のアブラハム・パスやデ・キンターナとの身長差は実に大きく、多少高いボールが入れば、頭二つ抜け出した両DFが軽々と跳ね返す。

 両チームともにファウル・ゴールチャンスが増え始め、次第に試合が動き始める。先制点はカディスだった。25分、ボランチのフレウルキンのパスを受けたオリが左足を振り抜く。ゴールから30メートル以上は離れていたが、向かい風をものともしない威力を保ったボールが、前がかりになっていたヘレスGKフリオ・イグレシアスの頭上を超えてゴールネットに吸い込まれていく。両手を大きく広げて喜ぶエースに、チームメイトが折り重なるようにダイビングしていく。オリコールが響き渡る北側スタンドが大きく揺れる。6000人近いサポーターが総立ちになって、エースの会心の一撃に酔いしれていた。

 先制点以降はしばらくカディスの攻勢が続き、ヘレスDFはクリアに追われる。しかし、ハーフタイムが近づくに連れ、カディスが落ち着いてボールを回すようになった。そして1−0のまま前半が終了。全試合が同時刻開催の最終節、ライバルとなるセルタもエイバルも1−0でリードして折り返す。この時点では、カディスとセルタが昇格という構図になっている。

 後半、1点リードで追い風となったカディスが攻勢をかける。最前線のオリはがむしゃらにプレッシャーをかけ、相手のミスを誘う。歯を食いしばって追いかけるその姿は、まるで入団したての若手選手を彷彿とさせる。彼のがむしゃらさに心を打たれる人は少なくない。入団1年目の昨シーズンからチームキャプテンを務めていることも納得できる。

50分、右サイドからの突破でペナルティーエリアに侵入したエンリケが倒される。主審はPKを宣告。キッカーのアブラハム・パスがゴール右隅に豪快に突き刺して、スコアは2−0。昇格へ大きく近づいた。その5分後にはヘレスDFバヒッチが2枚目のイエローカードで退場し、さらにカディスに追い風が吹いた。緊迫した試合展開が続くが、主審が負傷退場し、第4審判が代理を務めるという珍しい一幕にも遭遇することが出来た。

 スアレスに代わってベサレスが入った。その後のカウンターアタックから68分、70分とヘレスの決定的なチャンスを防いだのは、GKのアルマンドのパラドン(ビッグセーブ)だった。2部のサモーラ(最小失点)ランキングでトップをひた走る男は、大一番でもその力を十分に発揮する。ただ、やはり大一番ゆえのプレッシャーなのだろうか。いつもは冷静な守護神が、ピンチを凌いだ後に空に向かって何事かを吠えていた。


 ヘレスの攻撃が増えてきた70分過ぎ、カディスはカウンターから試合を決める3点目を狙う。右からエンリケがセンタリングを上げるも、オリのヘッドはバーの向こうへと飛んでしまう。この時、エンリケは足が攣ってしまい交代を余儀なくされる。運動量でサイドを駆け回るこの選手に、ドリブルで相手を振り切る能力はない。必死さが伝わってくるランには大きな負荷がかかっていた。代わりにダニ・ナバレテが入り、エンリケはお役御免となる。サポーターのエンリケコールに手を振って応えると、スタンドからは労いの声が上がった。
 
 87分、パボーニに代わってマノロ・ペレスが入る。昇格まであと3分。誰もが12年ぶりの昇格をほぼ確信している。しかし、主審の怪我による交代などもあって、ロスタイムは5分の表示。それでも期待に胸膨らます北側スタンドからは、ボール回しの際に”Ole!!!”の声が飛ぶ。長いようで短いロスタイムを楽しんでいるようであった。ベンチでもメンバーが肩を組んで飛び跳ねている。主審が試合終了の笛を吹いた瞬間、ベンチにいた全員がピッチへ向かって駆け出した。12年ぶりの昇格がついに現実となった。他会場の結果をラジオで確認しながら観戦する姿は今日も多く見られたが、前節昇格を決めたアラベスがスポルティング・ヒホンに負けたため、カディスはチャンピオンとなって1部へと舞い戻るという大きなオマケもついてきた。そして、1度昇格を取り消されたセルタは、レイダに勝利し今回は昇格を決めた。



 北側スタンドへ向かい、誰もがその喜びを全身で表現する。どのメンバーも早くこの喜びをサポーターと共有したいのだ。1点目を決めたオリが大きく拳を上げると、一段と大きな歓声が沸いた。セビージャからレンタルでやって来たベサレスには、残留を懇願するような声が上がる。そしてビクトル・エスパラゴ監督が胴上げされる。1部11位という過去最高の成績を残したシーズン当時の監督だった彼は、今シーズン昇格請負人として再びカディスに戻ってきた。最後まで大きなプレッシャーと戦いながらも、冷静な戦術眼で勝機を見出し続けた。

 試合後、ビクトル・エスパラゴは「私のキャリアの中でも、この昇格は非常に強烈なインパクトを残してくれるはずだ。ヘレスというライバルを相手に昇格を決めれただけに素晴らしい1日だった。我々は万人にとって大事なものを手に入れた。選手にとって、クラブにとっても、ファンにとっても。バスクやカタルーニャのアウェーの試合でも応援に駆けつけてくれたファンに感謝したい。今日の勝利と昇格は、これまで我々を支えてくれた全ての人に捧げます。」と語った。そして、「試合が終わるとなんとも言いがたい感情がこみ上げてきた。この瞬間を夢見て僕らはずっと戦ってきたんだと感じたよ。」と語ったのはオリだった。

 カディスでは、市民の半分以上の10万人が通りに出て、12年ぶりの昇格に酔いしれたという。街中で大騒ぎのサポーターたちに感謝を示すため、選手たちは深夜3時まで優勝パレードを行い、その翌日もパレードを行った。国王杯優勝のベティスも3日連続で優勝パレードを行った。この辺はお祭り好きのアンダルシアならではといったところだろうか。また、試合後に拗ねたように帰っていくヘレスにも敬意を表して、「今度は1部で戦おう」と声を掛けるあたりも、彼らの温厚な人柄が表れている。「セラーデス(レアル・マドリー)を獲るべきだ」などと、早くも来シーズンの展望について議論する人も見られた。



 最終節までもつれた昇格争い。プレーの質はやはり1部のそれと比べると劣る部分が多いのは事実だが、プレーのひたむきさで質をカバーし、向上させるのが2部の魅力だ。「懸命なプレー」が後の「美しいプレー」を育てるのだ。それがチームを成長させていく。「昇格」という花が開花する過程で、水や日光となったのはサポーターの声援である。笑顔を忘れない彼らはサポーターの鏡のような存在で、彼らがいたから、選手はどんなに苦しい時も歯を食いしばって笑い、そのつぼみを絶えず膨らませることができた。そして、その花は見事にヘレスで開花を迎えた。この街とクラブの理想的な姿勢は、パレードに来ていた女性のTシャツに書かれたメッセージに表れている。

”Un club, Una ciudad, Un equipo. Somos de primera.(クラブと街でひとつの
チーム。僕らは1部のチームだ。)”

来シーズン、カディスがどんな戦いを見せてくれるのか楽しみだ。




<前へ次へindexへ>

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送