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日本サッカーの歴史 03/04/20 (日) | <次へ|indexへ> |
連載に当たって 文/中倉一志 |
日本にサッカーがやってきたのは1873年(明治6年)9月。イギリスのアーチフォールド・ルシアス・ダグラス海軍少佐と、その部下33人によってプレーされたのが最初とされている。1873年に東京の海軍兵学寮の教師として日本にやってきたダグラス少佐は、航海術や甲板活動等の海軍一般の教養を日本に教える傍ら、余暇を利用してサッカーに興じていたらしい。
彼らが興じるフットボールを見た当時の日本人は、日本の伝統的な遊戯である蹴鞠に見立てて、「フットボールというものは、イギリス人のやる蹴鞠だ」と思ったらしいが、それはまさにサッカーだった。現在行なわれている競技の基本的形式や構成が制定されたのは1863年10月26日。ロンドンのグレート・クイーン・ストリートにあるパブ「フリーメーソンズ・タヴァーン」で開かれた会合でのこと。それから10年の歳月をかけてサッカーは日本にやってきた。
その後サッカーは、各府県の師範学校や、外人教師らによって日本全国に広められていくことになるのだが、日本が組織的にサッカーの普及活動に着手するまでには、更に48年の月日を必要とする。現在のJFAの前身である大日本蹴球協会が設立されたのは1921年(大正10年)9月10日。イングランドのFA(1867年創立)が創立されてから実に54年も経ってからのことだった。世界に遅れること半世紀。日本のサッカーはようやく産声を上げた。
だが、この54年の空白期間は、日本サッカー界の発展に大きな影響を与えた。そして日本は常に世界の後塵を拝することになる。挑んでも挑んでも厚い世界の壁。それどころか、アジアの壁さえ破ることが出来ずにいた。東京五輪、メキシコ五輪等での活躍があったとはいえ、それは単発的なものばかり。いつしか低迷は日本サッカーの代名詞のようになり、W杯は「夢」どころか、はるかかなたの雲の上の世界の出来事のままだった。
しかし、日本は遂に念願の世界の扉をこじ開けた。サッカー協会設立から76年後の1997年11月16日、ジョホールバルでの出来事だった。イランとの間で繰り広げられたフランスW杯アジア第3代表決定戦は2−2のまま決着がつかずに延長戦へ。そして迎えた113分、中田のシュートをイランGKアベドザデが弾いたボールを、岡野がスライディングしながらシュート。とうとう、W杯への出場権を日本は手に入れた。
1998年6月、サッカーが伝わってから125年の歳月をかけて、日本はようやく世界の桧舞台に立った。すべてが初体験の中でのW杯は0勝3敗に終わったが、真剣勝負の舞台でアルゼンチン、クロアチアという強豪との対戦が日本サッカー界にもたらした影響は計り知れない。この大会後、中田はイタリアに渡りスタープレーヤーとしての輝きを増し、そして、多くの日本人プレーヤーに海外移籍への道が開かれた。
日本が世界へたどり着いた最大の原因は、1993年に開幕したJリーグにあると言われている。プロ化による選手の意識改革、相次ぐ大物スターの来日、芽生え始めたサッカー文化の芽。確かにJリーグが日本サッカー界に与えた影響は計り知れないものがある。そして2002年5月31日、アジアで初めて開催されるW杯のホスト国として、韓国とともに栄誉を与えられた日本。日本サッカー界は新たな歴史を刻み始めた。
しかし、現在の日本サッカーの繁栄は、決してJリーグによるものだけではない。海外の書物を読み漁りながらサッカーのルールを研究した先人たち。極東の小さな国にサッカーを教えてくれた異国の人々。敗れても、敗れても大きな夢を追い求めて戦いつづけた選手たち。その繁栄は128年間に渡ってサッカーを語り継ぎ、そして、愛し続けてきた多くの人たちの歴史の積み重ねに他ならない。その歴史が、今の日本を形作っている。長所も、そして短所も、全てはこの歴史の中にある。
その歴史を振り返ることによって、多くの先人たちのサッカーに対する愛情を知り、そして、単なるノスタルジーではなく、これからの糧に出来ればと思い、このサイトの運営を思い立った。私のような者が日本サッカーの歴史を振り返るのはおこがましいことは重々承知しているが、しばらくの間、お付合いいただければありがたいと思う。
●読者の皆様へのお願い
この連載は、多くの書物を参考にしてまとめ上げたものでありますが(参考文献は別掲)、なにぶんにも、日本のサッカーが国際的に活躍しだしたのは昨今のことであり、そのため、サッカーが普及した頃を伝える文献が極端に不足しているばかりか、その文献の入手ですら非常に困難を極めました。したがって、随所に不十分な記載にならざるを得なかった個所が多く存在しております。
筆者といたしましては、より正確な歴史を振り返りたいと存じておりますが、長い歴史を振り返るには、あまりにも力不足を感じております。そこで、サッカーに関する文献をご提供いただける方、または、当時の歴史をご教示いただける方がいらっしゃいましたら、是非、ご協力をいただければと存じております。ご協力をいただけます場合には、下記アドレスまで、ご連絡をいただければ幸いです。
また、筆者の勉強不足により、皆様に誤解を与えるような記述があるかもしれません。その場合につきましても、しっかりとご指摘いただければありがたいと思っております。読者の皆様のご教示を得ながら、日本のサッカーの歴史をより正確に振り返ることが出来ましたら、筆者にとっても、これほど嬉しいことはありません。是非、ご指導・ご協力をお願い申し上げます。
筆者へのご意見は、こちらまでお願いします。 nakakura@2002world.com
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