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 サッカーのある風景 03/09/01 (月) <前へ次へindexへ>

 湘南のエース


 文・写真/神 慶知
 1997年、高田保則はベルマーレユースからトップチームに昇格した。その年の出場は無く翌98年後半、出場の機会を得ると当時の日本代表監督フィリップ・トゥルシエの目に留まりシドニー五輪代表候補に選出され、ベルマーレの若手期待のホープとなった。99年高田はナイジェリアで行われるワールドユース日本代表に選出され、意気揚々とナイジェリアに旅立つ。ワールドユースでは予選リーグ3戦目のイングランド戦、準々決勝のメキシコ戦、決勝のスペイン戦でそれぞれ途中出場を果たしたが右MFでの出場も多く、ゴールを挙げることはできなかったもののベルマーレサポーターの彼への期待は大きくなっていった。

 チームはこの年J1から降格してしまうのだが、高田はもっと辛い事態に直面することとなった。「黒い羽虫のようものが目の前をチラつくようになった」彼が病院で検査を受けた結果、網膜はく離と診断されたのである。シーズン中に緊急手術を受けることを決断した彼だったが「サッカーができるようにしてください」と開口一番、医師に頼み込んだ。高田は99年後半試合に出場することができず、チームの降格を病院のベッドの上で知った。チームが厳しい状況の中、仲間とともに戦えなかったことを彼は後悔した。



 高田が復帰した2000年、J2を戦うこととなったチームは前園、松原、白井ら元代表選手を補強、大きく様変わりを見せた。高田は右MFとして攻撃だけでなく守備にも比重を置くことを求められ、プレースタイルの変更を余儀なくされた。加藤久監督のもと迷走を続けたチームだったが高田はひたむきなプレーでサポーターの信頼を獲得、翌2001年、田中孝司監督によりFWのポジションに復帰すると、栗原圭介とコンビを組み元コロンビア代表MFガビリア(故人)からの絶妙なパスでゴールを量産、17ゴールを挙げチーム得点王となった。

 このシーズンから彼は湘南のエースとして、サポーター・ファンから更に大きな期待をかけられるようになり、相手チームからは警戒されるようになる。2002年、栗原とともにゴールを挙げることが難しくなったのはガビリアのような良質のパスを出せる選手がいなくなったことが大きい。だが高田自身、貪欲にゴールを狙う姿勢が足りなかったこともこの年の9得点という結果の一因か、結果が出ないことで悪循環に陥り2003年もまた、28節まで25試合に出場もノーゴールでチームも下位に低迷、日を追うごとに大きくなり続けるプレッシャーの中で、それでも高田は走り続けた。



 低迷していたチームは夏場に復調、2連勝、2引き分けと4試合負けなしの勢いで水戸のホーム笠松に乗り込んだ。試合は前半早々に水戸に先制を許すが、その後試合を完全に支配。それでも85分までゴールを奪えず、敗色濃厚になったところでペナルティエリア内でMF坂本が倒されPKを得る。立ち上がった坂本は自然な振舞いで高田にボールを手渡し、PKの権利を譲った。息を呑み見つめる者、手を合わせ祈る者、目を瞑ってしまう者、サポーター・ファンは皆、とてつもないプレッシャーを感じた。それも当然で、高田はこの試合ここまではボールを持てば迷いが見られ、動きも硬く、得点の気配など微塵も漂わせていなかったからだ。しかし、高田は周囲の心配など知らぬ振りでいとも簡単にボールをセットし、蹴った。

 長かった沈黙の時間が過ぎると歓喜が訪れた。高田の今季初ゴールに涙ぐむ者さえいたが、感動に酔いしれる間も与えず高田のプレーが一変、積極的な中央突破を図り、そのプレーが起点となりMF加藤がゴールを決め、ついに逆転してしまったのだ。結果が自信を生み、自信が良い結果を導き出す、当たり前のようでいてなかなかうまくいかないこの循環が、高田のゴールによってチームに生まれた。試合後、天真爛漫な笑顔でサポーター・ファンに挨拶をする高田は次節の鳥栖戦でもゴールこそ無かったものの良い動きをし、ボールも自然と彼に集まった。チームはこの日もミスから先制を許したが、後半自分たちで流れを呼び戻し逆転。二つの引き分けを挟んで4連勝を飾ったチームを上昇気流に乗せたのは「湘南のエース」高田保則のゴールだった。



 鳥栖戦の試合前、平塚競技場恒例のスタンドレポートは「今日湘南で先制ゴールを決めるのは誰か?」という質問だった。4人の回答者の答えはいずれも「ヤス(高田)」、誰からも愛されている選手であることを確信し、他のどの選手よりも期待されていることも証明された。失明の危機を乗り越え、サッカーができる喜びをプレーに現す高田。彼がゴールを挙げることで、湘南ベルマーレに関わる全ての人々に幸せが訪れる、「湘南のエース」高田保則とはそういう選手だ。
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