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 サッカーのある風景 03/10/03 (金) <前へ次へindexへ>

 スタジアムの声


 文/中倉一志
 地方のアマチュアの、しかも小さな大会に観客などはほとんどいない。姿を見せているのは両チームの家族や友人だけ。運営側にしても、協会から2、3名と審判員が数名いる程度だ。もちろん取材している人間などいるはずもない。のどかな雰囲気の中で行われる試合をのんびりとした気分で眺める。しかし、プレーする選手が真剣であることは変わらない。次第に、こちらも引き込まれていく。いつの間にか、手元の取材ノートはメモで一杯になっていく。

 ピッチサイドの芝生に座って試合を見ていると、選手たちの掛け声や、つぶやきがよく聞こえてくる。大歓声に包まれるスタジアムでの試合が迫力があるのは当然だが、ほとんど観衆のいないスタジアムでは、こうした選手たちの声がはっきりと聞こえてきて選手たちの心理状況が良く分かる。具体的な指示だったり、励ましだったり、あるいは檄だったり。それぞれの声を聞いているだけでも面白い。

 特に興味を惹かれるのがGKの声。あまり観客のいない試合をご覧になった方ならご存知だろうが、GKは90分間、声を出しつづけている。サッカーでは「後ろの声は神の声」といわれているが、その声を聞いていると言葉の意味が実感できる。

「○番フリー!○番フリー!寄せて、寄せて」
「外はOK、飛び込まないで中を固めろ!○番には打たせるな!」
「○番来てるよ。付いて行け、付いて行け」
「○番入ってきたぞ。○○マーク!右から寄せろ」
「前、動いてやれ、ボールの動きがせまくなってるぞ。大きく使おう、大きく」

 掛け声の内容は様々だが、それぞれのシチュエーションに応じて具体的な指示が飛ぶ。そして上手いGKほど指示の内容が細かく、そして的確だ。セービングの技術も必要だが、シュートを打たせないようにするのもGKの大きな仕事のひとつなのだ。



 声を出しているのは選手たちだけではない。監督やコーチも、100メートル×64メートルのピッチに散らばる選手たちにベンチから大声で指示を飛ばす。そして、大声で有名なのは大熊U-20代表監督。東京ガス(現FC東京)の監督としてJFLを戦っていたときは、スタジアムに響き渡る大熊監督の声が観客の楽しみのひとつになっていた。指示のひとつ、ひとつがはっきりと聞こえてくるため、相手サポーターからやじられることも。監督がやじられるシーンなどサッカーでは、そうそうお目にかかれるシーンではない。

 ある大会でのこと。ひときわ大きな声で指示を与える監督がいた。戦術上の指示はもちろん、かなり厳しい口調でミスや不用意なプレーを叱責している。体育会の悪しき慣習や、スパルタ教育が否定されるようになってからは、あまり見かけなくなった光景だ。最初は古いタイプの監督さんかなと思ったが、注意深く聞いていると、どうもそういうわけではなさそうだ。

 確かに、不用意なプレーや約束事を守らないことに対しては厳しい叱責の声が飛ぶ。しかし、何かにチャレンジしようとしたプレーに対しては、たとえミスに終わっても「いい狙いだ!」と必ず声がかかる。そして勝ち進んで行くにつれて、選手たちを後押しするような内容に変わっていく。ただ指示を送るだけではない。監督も12番目の選手としてともに戦っている。カテゴリーによっては、こうしたスタイルは必要不可欠だ。

 このチームに興味がわいて、ベンチ裏まで近づいてチームの様子を覗いてみた。意外なほど静かな口調で具体的に指示を与える監督。そして、それを真剣に聞き入る選手たち。試合の合間には、監督は気さくに選手に語りかけ、選手たちも軽口でこれに応えている。監督と選手の間に強い信頼関係があることが分かる。厳しすぎるように聞こえる怒鳴り声も選手への愛情があればこそ。もっとも、本当の愛情がなければ他人を怒鳴り散らすことなど、そう簡単にできることではない。



 スタジアムには、その他にもいろんな声がある。子供に声援を送る家族の声、ナイスプレーに沸く観客の声、試合の展開を眺めながら淡々と分析をする声、そしてチームを応援する声、実に様々だ。しかし、一箇所だけ静かな場所がある。それは記者席。仕事柄、ニュートラルな立場で試合の展開を追いかける記者たちは、黙々とプレーの進行と勝敗を分けるポイントを取材ノートに記していく。せいぜい、ハーフタイムに顔見知りの記者と感想を語り合う程度だ。

 しかし、生来、興奮しやすい性格の私はどうしても黙っていられない。鮮やかなサイドチェンジが決まれば「いいボールだっ!」と声を出し、素晴らしいプレーには「ナイスプレー」と声をかける。そしてゴールが決まれば拍手をしながらナイスゴールと声をかける。これがアビスパのホームゲームになるとさらにヒートアップする。ついつい大声を発し、ゴールシーンにはガッツポーズが飛び出す。たまには机をたたいてしまうことも。周りの記者の方たちは、さぞかし迷惑がっていることだろう(汗)。すいません。

 でも、それでもいいじゃないのと思う。メディアと一言でいっても、その立場と役割は様々。地元に活動の拠点を置くメディアが地元のチームを応援し育てるのは当然の責務だ。もちろん必要以上の提灯記事はご勘弁だが、愛情を持って地元チームを見つめるのは必要なことだ。海外のサッカー中継を見ていると、ゴールのたびにゴール裏で万歳をしているカメラマンの姿をよく見かける。素直に、ああいうのはいいなと思う。ただ、彼らの仕事は大丈夫なのだろうかという心配がないわけではないが・・・。

 近い将来なのか、遠い未来なのかは分からないが、いつの日かアビスパがJ1で優勝したとき、私は記者席で両拳を突き上げて雄叫びを挙げたいと思う。そして優勝をたたえる歌を大声で歌いたいと思う(さすがにまだ歌を歌ったことはない)。周りの記者や、相手チームに迷惑なことは承知の上。でも、それくらいは許してください、お願いします。



「スポーツの秋」を迎えるこれからの季節はサッカーの試合が目白押し。Jリーグを中心に見たい試合が山ほどある。そして、どこに行ってもサッカーを愛する声があふれている、さてさて、今週はどんな声を聞けるだろうか。
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