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 福岡通信 01/03/30 (金) <前へ次へindexへ>

 ただひとつの夢を求めて


 文/中倉一志
 「俺たちの誇り 俺たちの夢 俺たちの魂」

 「おらが町のチーム」大分トリニータ。青いシャツを身にまとい、毎試合ホームスタジアムに駆けつけるサポーターたちにとって、その存在は誇りだ。年間44試合という世界にも類を見ない長いリーグ戦。サポーターたちは、その厳しい戦いに挑む大分イレブンの姿に自分たちを映し出し熱い声援を送る。2年連続で指先をかすめていった「J1昇格」という夢を今度こそ手に入れるために、今年も魂を込めてともに戦う覚悟を決めていた。

 夢の実現のため、フロントもチーム改造に乗り出した。ベルギーの至宝・スターレンス、W杯アメリカ大会出場の肩書を持つ崔文植、そして浦和からクビッァを獲得。更に、この3人を含めて14人もの大型補強を敢行。その効果は早々と現れる。シーズン前に行なわれた練習試合では、昨シーズンのJ1ファーストステージの覇者・横浜Fマリノスを4−0と一蹴すると、開幕直前に行なわれた日本文理大との試合でも順調な仕上がりを見せていた。

 スターレンスが最終ラインを統率し、中盤から崔文植が華麗なパスを供給してゲームを作る。そして、前線では190pの長身を誇るクビッァが起点となり、吉田が相手DFの裏へ飛び出してゴールを奪う。サポーターの誰もがこんなシーンを思い描いた。それは決して贔屓目ではなく、開幕前には多くのサッカー関係者が大分を「優勝候補筆頭」として挙げていた。「目標はJ1昇格ではなくて優勝」。それは現実味を帯びた目標のはずだった。

 しかし、ホームの大分陸上競技場で迎えた開幕戦で、大分はまさかの敗戦を喫することになる。立ち上がりからリズムに乗れない大分は、ひとつのミスからカウンターを喰らってまさかの失点。後半開始早々に崔文植のゴールで同点に追いついたもののリズムの悪さは変えられない。そして延長開始直後の91分、またもやカウンターからの一発で、大宮の前に沈んでしまった。噛み合っていたはずのチームのバランスの悪さが原因だった。



 「どんな強い男でも、独りでは闘わせない」

 続く第2節は水戸戦。しかし、大分はバランスの悪さを修正できないでいた。ストッパーの前に出てプレーすることの多いスターレンスと周りのバランスが取れず、崔文植は下がり気味でゲームを組み立てることが出来ない。前戦のクビッァはボールがキープできず、その影響で吉田のスピードも生かせない。敗戦を覚悟したロスタイム、スターレンスが起死回生のゴールを決め、最後はVゴールで勝利を収めたが、それは勝ち点1を失ったことを意味していた。

 まだ44分の2。しかし、勝ち点1の重さを知るサポーターたちにとっては重苦しい2試合だった。そして再びホームへ戻って横浜FCとの対戦を迎える。相手は今シーズンからJ2に昇格した未知数のチーム。JFLとはいえ、昨シーズンは無敗で優勝を飾っている。初めて経験するJのレベルに戸惑うのではないかと見られていたが、前節では仙台を破って早くも初勝利。サポーターたちは警戒心を解くことが出来なかった。

 その不安な予感が的中する。この試合でもバランスの悪さは修正されておらず、思うように攻撃が組み立てられない。それどころか、中盤では完全に横浜FCに主導権を握られ、22分にはオウンゴールで先制点を喫することになった。そしてハーフタイム。スタジアムには重苦しい雰囲気が漂う。しかし、大分の目標は「優勝」。こんなところで意気消沈していては何も始まらない。そしてスタジアムを包む大声援とともに反撃を開始する。

 口火を切ったのは山根。ゴール正面、約20mの地点で右足を振りぬくと、その右足から放たれたシュートがDFの隙をぬってゴール左隅に突き刺さった。これで一気に流れを手に入れた。前へ、前へと攻めあがる大分。それに後押しする大歓声。記者席からもチャンスのたびに歓声が上がり、ゴールとともにガッツポーズが繰り出される。戦っているのは選手だけではない。雨の中駆けつけた3,413人がともに戦っていた。終わってみれば3−1。ようやく大分らしい攻撃が実を結んだ。



 「勝ち点1の重み」

 2年連続して勝ち点1で涙を飲んだ大分。彼らにとって、たった1つのゴールの重み、そして勝ち点1の重みははかり知れない。「あの時のゴールが決まっていれば」。「延長に入る前に決めていれば」。そんな言葉は慰めにもならない。44試合の長丁場とは言え、結果は一つ一つの積み重ね。決められなかった1つのゴール、失った勝ち点1は確実にボディプロ−のように効いてくる。必要なのは勝ち点3。この日はそれを全員の手で勝ち取った。

 課題がなくなったわけではない。この日も前半の中盤のバランスの悪さはビックリするほど。スターレンスがストッパーの前に出てプレーするため、左WBの中田はカバーが気になるのか、ほとんどの時間帯をDFラインまで下がってプレー。右WBの加地は高い位置でサイドラインに大きく張り、崔文植は前目の右サイドに固執しすぎた。そのため中盤には大きなスペースが出来、そこを横浜FCにつかれてしまった。

 中盤にいるのはボランチとして出場した山根と川崎の2人。これでは中盤の主導権は握れない。サッカーでは、中盤での主導権がゲームの結果に直結するのは誰でもが知っていること。この中盤のバランスを早急に修正することが、いまの大分に求められている課題だ。リズムに乗った後半は、面白いように攻撃を組み立てたが、横浜FCの足が止まったことも考慮する必要もある。勝った時こそ、修正点を冷静に分析しなければならないのだ。

 そして、相手の特徴やプレー振りを気にしすぎてもいけない。もちろん、相手の特徴を消してしまうことは戦術としては有効な手段だろう。しかし、「優勝候補筆頭」の名にふさわしい顔ぶれをそろえるチームとなった今、相手の特徴を消すことよりも、自分たちの特徴をより一層出すことの方が大事な時もあるのではないか。無難に戦っていては、無難な結果しか生まれない。上手いサッカーもいいが、時には力づくで勝利を奪い取ることも必要だ。



 「誰のためでもない。ただ自分たちのために」

 今年の大分は、トリニータのJ1昇格のほかにも様々な話題がある。W杯国内10開催都市では、唯一の開閉形ドームスタジアムとなるビッグアイの完成がそれだ。「球形の屋根を浮かせ、スタンドは地下に埋め、景観となじむように女性的なやさしい形にした」というデザインはサッカー関係者から高い評価を受け、天井の梁部分を時速30kmで走行する「スカイカメラ」をはじめ最新式の設備が施されている。日本で1、2を争うスタジアムになることは間違いない。

 そして最大の話題はW杯の開催であることは誰も否定しないだろう。駅前に設置されたモニュメント以外には、相変わらずW杯が開催されることを感じさせるものが何もない大分だが、あと1年余りでここへ世界最大のイベントがやってくる。日本中からだけではなく、世界中からサッカージャンキーが訪れ、ありとあらゆる目が大分の地に注がれる。それは単なるサッカーイベントに留まらず、世界中の人たちとの交流の機会にもなる。

 W杯の開催と、その会場となるビッグアイの完成。大分ではその成功の鍵を握るのは大分トリニータの活躍とJ1昇格が欠かせないという声を良く聞く。確かに、サッカーが盛んでない大分という土地にあっては、大分トリニータが活躍することによってサッカーに興味を持つ人が増えるということはあるだろう。しかし、それは本質的なものではない。彼らの活躍は引き金にはなるだろうが、大分トリニータはW杯のためにあるのではない。

 W杯が来ようと来まいと、大分トリニータは「おらが町のチーム」として存在し続ける。大分トリニータはW杯のためではなく地域住民のためにあるのだ。住民たちの誇りとして、そしてみんなの夢を背負って戦っている。誰のためでもない。何かのためでもない。自分たちのために、仲間のために、ただひとつの夢を目指して全てをかけて戦ってこそ、長く待ち望んだ夢が実現する時がやってくる。ただひとつの夢。それはJ1昇格だ。



※このレポートは「online magazine yahoo 2002CLUB」、ならびに「online magazine ISIZE 2002CLUB」に掲載されたものです。
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