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 福岡通信 01/06/22 (金) <前へ次へindexへ>

 サガン鳥栖、100日目のリスタート


 文/中倉一志
「長い間、お待たせしました」。キャプテン川前のこの一言にサポーターは大きな声援で応えた。ディビジョン2第15節、鳥栖はのどから手が出るほど欲しかった勝ち星をようやく手に入れた。2001年シーズンの開幕から100日目、天皇杯の2回戦で神奈川教員相手に勝利してから197日目。本当に長い道だった。「正直な話、ちょっとホッとしてる」(高祖監督)。選手も監督・スタッフも、そしてフロントも、これが正直な気持ちだったろう。

 今シーズン、鳥栖は若手育成型のチームに生まれ変わることを目標にスタートした。その結果、多くのベテランがチームを去ることになる。天皇杯の記者会見で「ベテランを切った」として、その姿勢を叱責するような質問を監督に浴びせる記者もいた。しかし、鳥栖が未来に渡って、地域住民に夢を与え、サッカーの面白さを教え、そして、日曜日ごとに素晴らしいスタジアムでスポーツを観戦する楽しみを提供し続けるためには、むしろ、その選択は正しいと私は考えていた。

 正直に言って、スター候補選手やトッププレーヤーを獲得するだけの資金は鳥栖にはない。だからと言って、かつての栄光に頼っている選手を獲得したところでチームは活性化するわけもない。ならばどうするか。若く、将来の成功を目指して夢を持つ選手たちを育てることが必要になる。そして、鳥栖を愛するサポーターなら、夢に向かって貪欲にチャレンジする若い選手たちの姿に大きな声援を送り、出来る限りの支援をしてくれるはずだ。

 そうやって育った選手たちが鳥栖を飛び立ってJ1の舞台で活躍をする。「おらが町のクラブ」出身の選手たちの活躍は、鳥栖サポーターにとって大きな励みになるだろう。そして、新たに加入する若い選手たちも、そうした先輩たちの後を目指すことだろう。もちろん、ベテランだってチャレンジする気持ちを持ち続ければJ1の舞台は決して夢の世界ではない。事実、高嵜選手は今シーズンから戦いの場を市原に移して挑戦を続けている。



 ただし急激な変化は、多くの場合、上手くいかないことが多い。そういった意味では、総勢12名もの選手を獲得した今年の鳥栖は昨年の成績を下回るかもしれない、そんな気持ちを持っていた。その反面、昨年レギュラーとして活躍した選手を中心に、怖いもの知らずの若手が活躍すれば、昨年以上の成績も夢ではないとも思っていた。ある記者が「あるだけでいい」と評した鳥栖は明らかに成長を遂げ、戦う集団に変身したかに思えたからだ。

 富永を1トップに置き、1.5列目から小石、東が飛び出す。あるいは、ポストプレーから東がスルーパスを狙う。右サイドには元気者の島岡が、そして左サイドからはスピードある有村が縦の突破を仕掛ける。高木のカーブのかかったクロスも棄てがたい。そして、ボランチには運動量豊富な北内と、優れたバランス感覚を持つ矢部が構える。最終ラインは不動の3人だ。高嵜の後を勤めるGKに若干の不安はあったが、鳥栖サポーターなら、こんなメンバーが活躍するシーンを一度は思い浮かべたはずだ。

 しかし、シーズン前に抱いた期待と不安は、残念ながら不安のほうが的中する。原因は怪我人だ。これで全てが狂った。噛み合わない攻撃。不安定な守備。鳥栖は敗戦を繰り返す。惜しい試合もあった。敗れたとは言え内容のある試合もあった。しかし、続く敗戦は、チームから自信と誇りを奪っていく。家族的で良くまとまっていたチームは、チームの規律を見失い、とうとう1勝も出来ないまま中断期間を迎えた。もう後がなくなっていた。

 中断中に鳥栖が取り組んだのは3つ。乱れた規律を取り戻すこと。守備を安定させること。そして、自信と誇りをもう一度呼び起こすことだった。しかし、一度失ったものを取り戻すのは並大抵のことではない。やれるだけのことはやった。再開初戦の相手の水戸は単純な戦力比較なら恐れる相手ではない。しかし不安は消えない。もしかしたら、ひょっとしたら、そんな気持ちを消しきれない。期待と不安。そして再開のホイッスルが鳴った。



 出だしはまずまずだ。「DFをしっかりしよう」という高祖監督の指示の下、鳥栖は安定した立ち上がりを見せた。そして、水戸のサイドバックが上がってきたスペースにトップが流れ、そこを起点に2列目の選手が飛び出しをかける。ミスの多い水戸にも助けられて、試合の主導権は鳥栖が握っている。しかし、どことなく動きが重い。14試合で勝ち星なしという記憶が選手たちに不安とプレッシャーを与える。次第に選手たちは孤立し始めた。

 勝ちたい。勝利をサポーターにプレゼントしたい。そんな気持ちは痛いほど伝わってくる。しかし、その気持ちがひとつに結べない。それでも24分、島岡の右サイドの突破から初めての決定機を迎える。たが、ゴールを狙った富永のボレーシュートはヒットしない。続く29分、今度は左サイドの佐藤(大)のクロスに再び富永が頭であわせる。だが、これも、まるでクリアのようにゴールマウスを大きく外れた。じりじりする時間帯が続く。

 後半開始早々の46分、東の直接FKに富永が右足を合わせて遂に先制点が生まれたが、今度はラインを下げて守りに入るという悪い癖が出る。しかし、集中力は途切れない。水戸の須藤のシュートを島岡がゴールラインの上でクリアし、その直後のピンチは川前が身体を張って防いだ。そして73分、高木のCKに川前が頭であわせる。するとボールは糸を引くようにしてゴールマウスに吸い込まれた。一瞬の静寂の後、スタジアムが歓声に包まれる。鳥栖の勝利が決まった瞬間だった。

 「休みの間に、気持ちの面をしっかり持とうというのが一番大事と話し合った。そういうことがきちんとできた結果だと思う。長い間、皆さんも辛かっただろうし、僕らも辛かった。これから、ひとつひとつ取り返していこうと思うので、これからも応援してください」(川前選手)。長く辛かった道。自信も誇りもなくし、自分たちのスタイルさえ見失った100日間。苦しみ抜いた鳥栖は、ようやくスタート地点にたどり着いた。



 しかし、まだ勝ち星はたった1つ。全ては始まったばかりで、何も取り戻したわけではない。これまでの出来事をしっかりと胸に刻み付け、過ちを繰り返さないことが、何よりも大切だ。高祖監督は、「規律っていうところが本当にだらけてた。それはやっぱり、僕がチームの責任者として、指揮官として力足らずだった」と、これまでを振り返ったが、監督の仕事はチームのモチベーションを最高潮に持っていくこと。2度と規律が乱れたなどと言って欲しくない。

 また、選手たちも自己を律することを忘れてはならない。言われなければ何も出来ないようではプロではない。チームとしての規律を守り、その中で個性を発揮する。そして、常にフィジカル・メンタル両面でベストコンディションを保てなければならない。サッカーに怪我は付き物だが、最も素晴らしい選手とは、無用な怪我をしない選手ということを忘れてはならない。自分に厳しく接すること、それがプロ選手としての最低限の勤めだ。

 どんな時でも前を向いてチャレンジしていくこと。自信と誇りを胸に、それぞれが責任を果たしていくこと。何事にも厳しい姿勢で臨むこと。そんなことの大切さが身に染みた14試合。この経験を忘れることなく歩み続けていくことが、これから最も大切なことになるだろう。監督、選手、スタッフ、フロント、サポーター、みんな苦しみながら、いろんなことを考えたはずだ。今までの14試合の持つ意味は、これからの戦い方で変わってくる。

 「いつかはJ1の舞台で」。それは選手たちはもちろん、フロント、サポーターの大きな夢だ。しかし、それを具体化するためには、まだまだ解決しなければならない問題が山ほどある。そんな問題点のひとつひとつを解決する作業は、気の遠くなるほどの量に及ぶだろう。それは、何年かかるか分からない壮大なチャレンジだ。それでも、その目標に向かって前進していくこと。それが鳥栖のやらなければならないことだ。決して現状に甘んじてはいられない。



※このレポートは「online magazine yahoo 2002CLUB」、ならびに「online magazine ISIZE 2002CLUB」に掲載されたものです。
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