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 福岡通信 01/07/20 (金) <前へ次へindexへ>

 町のクラブチーム その2 〜高校とクラプチームの関係


 文/中倉一志
 先週も紹介した通り、中学校とクラブチームの関係は確実に協調路線を歩み始めている。そして、この方向性は間違いなく更に進んでいくことだろう。それでは、高校年代での両者の関係はどうなのだろうか。春日イーグルスFCの杉山コーチは次のように語る。「ユース年代を持とうとするクラブが少ないよね。高校があまりにもメジャーだから、クラブ側も高校年代は高校に任せようかなと。クラブの方針として、Jrユースまでというところが多いんです」

 わかばFCの隈コーチも同じような思いだ。「高校選手権って言えば、テレビでガンガンやってるし、高校選手権のテーマを聞けば盛り上がっちゃうし。クラブでやっちゃうと、その夢が追えないんですよね」。いまや高校サッカーの、いや日本サッカー界の冬の一大イベントとなった高校サッカー選手権は、この年代の選手たちにとっては大きな夢。クラブチームに所属する選手たちも、サッカー強豪校でのプレーを望む子が多いそうだ。

 そんな現状の中、Jリーグには高校サッカー選手権にクラブを出場させて欲しいという意向があるらしい。高校サッカー選手権の存在が大きければ大きいほど、選手たちは高校でのプレーを望む。プロになるという明確な目標があれば別だが、そうでない限り、高校でサッカーをしたいというのは自然な流れだ。これでは、クラブでプレーする選手は増えない。そこで、クラブチームに高校サッカー選手権の門戸を開放しようということらしい。

 まだ噂の域を脱していない話だが、もし実現すれば一大改革だ。そのインパクトは、1996年にJFAが行った天皇杯のオープン化などとは比較にならないほどの影響力を持つことになる。しかし、現段階では高校側は否定的な見解を示している。やはり、79回を誇る歴史と伝統を簡単に崩したくないということなのだろう。1918年に第1回日本フートボール大会を開催してから83年。ここまで築いた大会に、突然、クラブチームが入ってくるということに対し戸惑いがあっても不思議ではない。



 そして、意外なことに、クラブ側にとっても両手をあげて賛成するというわけには行かない事情があるようだ。「Jリーグが入れたいというのはJのクラブチーム。町のクラブチームを考えてのことではない」という杉山コーチは、その事情を、こう話してくれた。

 「もう少しチームが増えていって欲しいというのはあるけど、かといって、あんまりメジャーになりすぎるのはどうかなっていうのもあります。オリジナルのクラブ特有の部分が消えちゃうし、高校選手権の、あのうねりの中に巻き込まれると。あの高校の先生たちのしがらみや、いろんな中でやっていくのは嫌ですね。いまだにある上下関係と、先輩・後輩の世界と、選手の取りあいとか・・・。あんまり一緒にっていう部分ばっかり出てくると、うねりに巻き込まれてそれにあわせてやらないといけないから、クラブのよさが消えてしまう」

 クラブチームが一番大切にしているのは、サッカーを楽しむこと。技術のある子も、そうでない子も、そんな1人、1人がどうやったら満足感を得られるのか、どうしたら楽しくボールを蹴れるのか。それを追い求めているのがクラブチームだ。もちろん、スポーツである以上、勝敗はつきものだ。しかし、クラブにとって、勝負の結果は楽しくスポーツに親しむことの延長線上にある。最初から勝利至上主義やチャンピオンシップを取ることを目標として活動するチームとは、その成り立ちが違う。

 「何が違うって言ったら、会費で運営しているチームと、学校で運営しているっていうのが、凄く大きな違いだと思う。じゃあ、どういう子が集まるのかとか、どういうやり方をしなくちゃいけないかっていうことが必然的に違ってくる。そういう中で、お互いに個性をもってやっているわけだから、全てが一緒になると、じゃあ、クラブはいらないじゃないかということになりかねない」。わかばFCの隈コーチも語る。



 お2人の話を聞いていると、日本のスポーツ界の問題点が垣間見えてくる。元来、スポーツとは多くの人たちが親しみ、楽しむものだったはずなのだが、日本の場合は、スポーツをやるということは、すなわちチャンピオンシップを獲得することにつながっている。スポーツの意義をチャンピオンシップ獲得以外に向けている人たちは、まだまだ少ないのが実情だろう。チャンピオンシップを否定するわけではない。しかし、それは、スポーツを楽しむ延長線上に出てこなければならない。

 また、誤解を解くために記せば、「楽しむこと」というのは、やりたくないことを避けて、おいしい部分だけを楽しもうということではない。「楽しむ」ということは、プレーすることにおいて必要なものを丸ごと受け入れ、それを楽しむということ。ボールを蹴るためのフィジカル、スピード、戦術、役割分担、これらは全てサッカーに必要なものだ。「楽しむ」ということは、こうしたものを鍛える厳しいトレーニングをも楽しむということなのだ。

 そういう意味では、具体的にやっていることは同じことかもしれない。しかし、そのアプローチの仕方が異なっている。もちろん、様々なアプローチの仕方があっていいわけで、強豪校と呼ばれる高校と、プロ選手育成を目指すJのクラブと、町のクラブチームが、それぞれ独自の路線を歩むことは当然のことだ。大切なことは、こうした様々なアプローチが共存していくということ。全て一緒ということではなく、互いに切磋琢磨するという環境が望ましい。

 そういう意味においては、両コーチとも、高校のチームと一緒に大会を開くこと自体を否定しているわけではない。「ある部分では一緒にやってもいい。年に1回位、一緒に大会をやってみるのも面白い」(杉山コーチ)。「(高校)選手権は選手権でやればいいし、クラブ選手権はクラブ選手権でやって、あとひとつ、両方が参加する大会があればいい」(隈コーチ)と口を揃える。結局は同じサッカー。協力しあってこそ発展がある。



 だが、最近の高校は変わりつつあるとも隈コーチは言う。「高校側も柔らかくなったと思うんですよ。前みたいにガチガチにやらないじゃないですか。前は、とにかく型にはめちゃって・・・。でも今は割と楽しくサッカーをさせてますよね」。そんな事情を反映してか、以前は高校のクラブが嫌でクラブチームでプレーするという子が、かなり多くいたのだが、最近は、ほとんど見かけなくなったという。

 古い話で恐縮だが、私の子供の頃は、野球にしろ、サッカーにしろ、全国大会には様々な高校が出場していた。強豪と呼ばれる伝統校あり、各都道府県の進学校あり、中には、レギュラーメンバーぎりぎりの田舎の高校もいた。しかし、競技レベルが飛躍的に向上した今日、全国大会に駒を進めてくるのは常連校と呼ばれる全国大会での勝利を第一の目標に挙げている高校ばかりだ。名もない高校が全国大会に駒を進めることは難しい。

 例えば福岡では、高校サッカー選手権の予選は、予備予選を勝ち抜いた12校と、あらかじめシードされた4校のトーナメントで争われるのだが、その決勝トーナメントですら、5−0とか7−0といったスコアが並ぶ。それほど一部の常連校と呼ばれるチームと、そのほかのチームの力の差は大きい。こんな現状の中で、全ての高校が全国大会への出場を目標に挙げることには無理がある。これまでの活動を見つめなおさざるを得ないところにまできているのかもしれない。

 いずれにせよ、旧態依然としたやり方は変えざるを得ない。時間はかかるだろうが、やがてはサッカーへのアプローチの仕方も町のクラブとの垣根が低くなることだろう。こうした変化は、学校のクラブ活動や、クラブチームが、さらに独自性を追求することを生み出す。そして、その結果、高校年代のプレーヤーたちにとっては、どこでプレーするかという選択肢が増えることになるだろう。しかし、そのためには、もう少しクラブチームの活動にスポットが当てられるようにならなければいけないかもしれない。



※このレポートは「online magazine yahoo 2002CLUB」、ならびに「online magazine ISIZE 2002CLUB」に掲載されたものです。
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