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 福岡通信 01/08/24 (金) <前へ次へindexへ>

 お帰りなさい。サガン鳥栖


 文/中倉一志
「忘れてしまったもの」。それが思い出せなかった。「無くしてしまったもの」。それを見つけることが出来なかった。サポーターの間には、チームやフロントに対する不信感が広がり、選手からはディシプリンが消えた。頭を抱えるスタッフとフロント。更新できなくなったオフィシャルHP。サガン鳥栖は出口のないトンネルの中にいた。あるサッカー番組では「今シーズンは3勝しか出来ない」と酷評された。出口はどこにも見えなかった。

 開幕試合から98日目、第15節の水戸戦でようやく初勝利を挙げた鳥栖。コンフェデ杯の中断期間中、だらけきってしまったチームの雰囲気を一掃し、ディシプリンを再徹底させたという高祖監督は、残り試合の目標を5割に設定。DFを安定させることを第一におき、「0、もしくは最小失点で抑える」ことを目指してリスタートを切った。しかし、無くしたものの重さは予想以上。わすが1勝で思い出せるようなしろものではなかった。

 0で抑えるはずのDFF陣に、細かなミスが出て失点を防ぎきれない。先制点を奪っても、つまらないミスから同点にされて、結局は逆転負け。内容はよくなりつつあったが、じりじりと下がってしまう悪い癖は消えなかった。3連敗の後、ホームで向かえた第19節の甲府戦。久しぶりに4−0という快勝を飾った鳥栖に、今度こその期待がもたれた。しかし、川前、矢部が怪我のために戦線離脱。更には松田まで欠けて3連敗。出口は再び遠のいた。

 守れない守備陣。得点を取れないどころかチャンスさえも作れない攻撃陣。「修正したいんだけど修正する時間もない。選手層の浅さ、選手のレベルの違いっていうか、そういったところを、何とかして埋めようとするんですけど、どうしても最後のところまで辛抱しきれない」。22節の大分戦終了後、高祖監督はそう言って頭を抱えた。きっかけを掴んだかに見えたもののメンバーが揃わない現実に、鳥栖は為す術を失ったかに見えた。



 そしてホームで迎えた第23節。3巡目の最初の相手はJ2屈指の攻撃力を誇る京都。鳥栖にとっては厳しい相手だった。しかし、鳥栖はここで踏ん張った。前半の9分に先制点を挙げると、この虎の子の1点を守りきって2位を行く京都を破る大金星。1点を守ろうとジリジリと下がる悪い癖も出たが、この苦しい展開を自分たちの力で跳ね除けて、最後まで攻める気持ちを忘れなかったのが何より大きかった。

 続く第24節。対戦相手の湘南は、思うように勝ち星を挙げられていないが、J1への返り咲きを目指す強豪チーム。アウェイでの戦いは苦戦が予想された。しかし、今シーズン初出場となる森が先制点をゲット。その後、同点に追いつかれて延長戦にもつれ込んだが、久しぶりの出場を果たした関本が起死回生のVゴールを挙げて2連勝。京都に続き、主力を欠きながらチーム一丸となっての勝利に、今度こそ何かが変わりつつある気配が見えた。

 しかし、続く横浜FC戦で、鳥栖は「負け続けていた鳥栖」に後戻りしてしまう。覇気のないプレー、連発するパスミス、見えない攻撃パターン、そして、守れない守備陣。まるで糸の切れた凧のようにバラバラにプレーする選手たちに2連勝の面影は見られなかった。ところが、続くアウェイでの甲府戦は5−1で快勝。地力の差があったとは言え、あまりの落差だった。3巡目に入って3勝1敗の成績は本物か。誰もが疑心暗記になっていた。

 そんな中、鳥栖はホームに大宮を迎えた。バルデス、ジョルジーニョを怪我で欠き、その影響から2連敗中とは言え、大宮はJ1昇格候補の筆頭。正直に言って、鳥栖が勝ち星を計算できる相手ではない。しかし、この対戦ほど鳥栖にとって大切な試合はなかった。本当に鳥栖は「忘れてしまったもの」を思い出したのか。それが問われる試合だったからだ。そして、ここで思い出さなければ、また長いトンネルに入り込むことだけは明らかだった。



 試合が始まった。そして、すぐに今シーズン見てきた鳥栖とは違っていたことが分かる。見違えるようなスピードで全員がピッチの上を駆け回り、誰一人として、強豪相手に腰が引けてる選手はいない。フォーメーションは4−3−3。サイドにボールを集めて果敢に大宮ゴールを目指す。主力の多くが欠けている。メンバーの半分近くが、シーズン開幕時点では先発メンバーではなかった選手たちだ。しかし、そんなことは少しも感じさせない。

 ゴールマウスの前には山口が立ちはだかり、佐藤(陽)がDFラインのリーダーとして君臨する。ルーキー山道は落着いたプレーでボールを跳ね返し、選手の間で「ガッツ」と親しまれている森が果敢にオーバーラップ。そして、普段はやる気が表に出ない有村までもが闘志剥き出しでプレーしている。中盤では「試合を左右するような選手になりたい」と言う北内が、ボールを拾い、カバーリングに走る。島岡は激しくボールにプレスをかけ続け、高木はカーブのかかった綺麗なクロスボールをサイドに配給した。

 そんな選手たちに支えられて、小石がスピード豊かに左サイドを疾走し、矢野マイケルも身体能力を活かして右サイドを走り抜ける。中央に構える佐藤(大)は、ターゲットマンとして前線に立ちはだかり、機を見てゴールを果敢に狙う。そして8分、サガンティーノが陣取るゴール裏から大歓声が上がる。大宮がGKへのバックパスを犯したのだ。このプレーで得たFKのチャンスに、佐藤(大)が流したボールを矢野が蹴りこんで先制した。

 鳥栖は、その後も果敢に攻め続けた。そして迎えた61分、裏へ抜け出した小石が左に開いた佐藤(大)にラストパス。ゴール前にいるのは大宮のGK白井だけだ。佐藤(大)はで飛び出してきた白井の位置を確かめてゴールに向かってボールを流す。「入れ!入れ!入れ!」。サポーターが大声で叫ぶ。そんな思いを乗せたボールは静かにゴールマウスに吸い込まれた。ロスタイムに1点を失ったものの、鳥栖は2−1で勝利。大宮相手に完勝と言っていい勝利だった。



 苦しい、苦しい戦いを続けながら、サガン鳥栖は、ようやく「忘れていたもの」を思い出したようだ。傑出している選手がいるわけではない。与えられた環境も決して十分とは言えない。しかし、そんな中で、自分たちの力の全てを出し切って、力の限りボールを追い続けること。最後まで諦めずにチャレンジし続けること。そして、仲間を信じて全員の力で戦うこと。これこそが鳥栖の「忘れていたもの」だ。いま、彼らはそれを思い出した。

「お帰りなさい。サガン鳥栖」。今度こそ、そう言っていいのだと思う。今度こそ、これまで支え続けてきたサポーターも、そう言葉をかけてくれるはずだ。試合後、あちこちで振られるフラッグの数々。久しぶりのヒーロー・インタビューに応えて、「魂入れろと言いました」という島岡の言葉に大歓声が上がる。サポーターも、選手も、スタッフも、フロントも、そして、取材陣が減っていく中、鳥栖を追い続けてきた記者やカメラマンたちも、この時を待っていた。

 しかし、これで全てが終わったわけではない。残り試合は、まだ17試合。これからも戦いの日々は続く。まだ元のサガン鳥栖に戻っただけ。これからの戦いで、今日のような試合を続けてこそ本当の成長がある。久々の快勝にも「3点目がなかなか取れなかったこと、最後に失点をしてしまったことが課題」と高祖監督は気を引き締めたが、さらなる成長を目指すには、常に高い目標に向けてチャレンジしていかなくてはならない。

「忘れてしまったもの」を思い出したからといって、勝ち続けられるほどプロの世界は甘くない。「無くしてしまったもの」を見つけたからといって、いつもいつも、思うような試合ができるわけでもない。しかし、この苦しかったトンネルと、それを抜け出そうと必死でもがいた日々は決して無駄にはならないはず。その気持ちと、この日の試合で掴んだものを持ち続ける限り、鳥栖は前進を続けることができるはずだ。さあ、今度こそ、リスタートだ。



※このレポートは「online magazine yahoo 2002CLUB」、ならびに「online magazine ISIZE 2002CLUB」に掲載されたものです。
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