topnewscolumnhistoryspecialf-cafeabout 2002wBBSmail tolink
 福岡通信 02/02/08 (金) <前へ次へindexへ>

 ひとつのボールを追いかけて


 文/中倉一志
 九州といっても福岡の冬は寒い。日本海に面していることが関係しているのか、温暖なイメージに反して寒い日々が続く。注意深く新聞の天気予報を見ていると、最低気温は東京よりも低い日が多いことに気づく。それでも、スタジアムでは今日もサッカーの試合が行われる。先週に引き続きやって来た博多の森陸上競技場には、大勢の家族連れの観客が駆けつけている。まだ午前9時を回ったばかり。だが、駐車場には既にスペースはない。

 正面ゲートをくぐってスタンドに出ると、メインスタンドはほぼ満員。おそろいの黄色いフリースジャケットを着込んだサポーターらしき集団がいる。そしてピッチの上に目をやると、小さな子供たちが歓声をあげながらボールを追い、試合前のウォーミングアップに汗を流している。「にしてつストアカップ 福岡市私立幼稚園サッカー選手権大会」。どんな大会なのかと素朴な疑問を抱いてやってきたが、その盛況さに驚かされた。

 福岡市内の私立幼稚園で組織する「福岡市私立幼稚園サッカー連盟」が主催するこの大会は今年が18回目。Jリーグが生まれる7年前、その後に起こるサッカーブームなど予想もできない頃に、さつき幼稚園、油山幼稚園、紅葉幼稚園等の、園長先生たちと子供たちによって始められた。公式戦は、8月に行なわれる新人大会と、2月に行なわれる選手権大会の2つ。子供たちは家族や先生たちの大声援を浴びながら、我を忘れてボールを追う。

 特別ルールは、20メートル×35メートルのピッチを使うこと、オフサイドルールを適用しないこと(自陣で守備を行なっている時は、相手ゴールエリア内には入れない)、ゴールキックの時は10メートル以上離れなければならないことの3つ。後は全く普通のサッカーと変わらない。しかし、子供たちは不自由なくボールを追い、ゴールを目指す。それどころか、遊びの延長として自由に、そして純粋にプレーする姿はサッカーそのものだ。



 22の幼稚園から参加したチームは61。みんなで楽しくボールを追いかけられるように、子供たちの数が多い幼稚園は複数のチームを作って参加している。その61チームを、チャンピオンシップリーグ、ちびっこJリーグ、にこにこパワーリーグの3つのパートに分類。サッカースクールを行なっている幼稚園はチャンピオンシップリーグに、女の子や年中・年少の子供たちを中心にしたチームは、にこにこパワーリーグに参加して試合を行なう。

 各パート毎に5〜7チームのグループリーグを編成。事前に公開抽選会で組み分けを決定し、総当りではなく、予め定められた相手と3試合を行なう(にこにこパワーリーグは2試合ずつ)。勝ち点制を採用し、同勝ち点の場合は得失点差で順位を決定。チャンピオンシップリーグの上位3チームを表彰し、その他のパートは、各グループリーグの上位2チームが表彰される。試合時間は4分間のハーフタイムをはさんで前後半8分ずつだ。

 「僕たち、私たちは、ひとつのボールを追いかけて、精一杯プレーすることを誓います」。油山カメリアーAズのキャプテン・阪元愛基くんが元気一杯の選手宣誓。これを合図に一斉に試合が開始された。11人で一心不乱にボールを追いかけるチーム。攻撃と守備の2つに分かれて試合をするチーム。11人が役割分担し、幼稚園児とは思えない組織サッカーを展開するチーム。スタイルはそれぞれだが、みんな楽しそうにボールを追っている。

 そんな子供たちの背中に向かって、スタンドからは家族の方たちが大きな声援を送る。家族も子供も、同じ目線でひとつのボールを追っている。「子供たちも、そして家族の方も、とても楽しそうです。こういう大会を通して家族の輪というものが、それぞれの家庭に生まれるんじゃないでしょうか。そういうことが一番大きな、この大会を開催する意味だと思います」。福岡市サッカー協会の下大迫(しもおおさこ)会長は目を細めた。



 ボールを追いかけて転んでしまう子供がいる。空振りする子がいる。そして、ボールをトンネルしてしまうGKもいる。その一方で、地を這うようなロングシュートがゴールネットを揺らし、軽快な身のこなしでボールを弾き出すGKだっている。ただ共通しているのは、みんな自由で楽しそうなこと、そして大人顔負けに真剣にボールを追うことだ。そんな子供たちに引き込まれて、引率の先生たちは我を忘れてライン際でガッポーズを繰り返す。

 ゴールを決めると両手を高く掲げて自分のゴールに向かって走り出し、それをチームメイトが追いかける。失点した場面では、全員がその場で呆然と立ち尽くす。その姿はJリーグの得点シーンと何ら変わらない。勝利が強要されているわけではない。目的はボール遊びの中から子供たちが自然に様々なことを学ぶ力をつけることだ。しかし、子供たちは自分たちの世界の中で必死になって力を出そうと努力している。「どうせ子供がやるサッカー」。そう思っていた私の思いはどこかへ吹き飛んだ。

 油山幼稚園の教員で子供たちにサッカーを教える鷹野先生も、そんな子供たちの真剣さに打たれた1人だ。東福岡高校サッカー部に在籍していた頃、この大会の審判をした時のことを話してくれた。「どうせ幼稚園だから、ただ蹴るだけだろうと思ってきたら凄く子供たちの気持ちが伝わってきた。勝ったら凄く喜んで、負けたらとても悲しんで。是非、この子たちにサッカーを教えたいと思ったんです」。そして幼稚園の先生を目指した。

 そんな鷹野先生に、どうやってサッカーを教えているか聞いてみた。「子供たちは遊びの中で自然に覚えていく。ああしろ、こうしろと言っても絶対に覚えない。子供たちが遊びの中で覚えていったこと、それを子供たちがもっと発展させられるように、こんなことも、あんなこともできるよって持っていくんです」。そして、こう続けてくれた。「大きくなっていくと、どうしても指示待ちになっていってしまう。それを、状況に応じて自分で動くことができるように、サッカーを通して教えていきたいと思っています」。



 子供たちの精一杯のプレー、それを同じ視線で見つめる家族の方や先生たち。果たして幼稚園児にサッカーが出来るのだろうかと思いながら出かけた大会だったが、いつものサッカー取材のように、この日も思う存分サッカーを楽しませてもらった。「どんなサッカーでも、サッカーはサッカー」というのが持論の私も、さすがに幼稚園児の大会では、ただ闇雲にボールを蹴るだけだろうと思っていたのだが、やはり、誰がやってもサッカーはサッカーだった。

 18年前に開催した時は幼稚園のグラウンドで開催したという大会も、大きなスタジアムを使って開催するまでに成長した。優勝した油山カメリアーズAの監督を務める鷹野先生によれば、油山幼稚園がある地区では、卒園していった子供たちのチームが、そのまま持ち上がりのような形で小学校でもプレーするようになり、それを父兄が応援することによって、地域ぐるみでサッカーに取り組む姿勢も出てきたという。

 また、8月に行なわれている新人大会では、韓国・釜山から芝山幼稚園を、中国・大連からは大連サッカー幼稚園を招いて国際交流にも一役買っている。昨年は都合により大連サッカー幼稚園は参加できなかったそうだが、今年は両チームの正体を実現させたいと、福岡市私立幼稚園サッカー連盟の品川会長は言う。「国際化が叫ばれている時代ですから、国際感覚を身に付けるという大きな目的がありますからね」。これも素晴らしいことだ。

 サッカーを通して、子供たちの心身を育てることを目的にして行なわれている幼稚園サッカー選手権大会。多くの子供たちが、ひとつのボールを追いかけることで、ルールを守ることや、互いに協力し合うことの大切さを身に付けていっている。また、この大会の経験者の中には、Jリーグへ巣立っていった選手もいるとのこと。子供たちにとって、これ以上励みになることもないだろう。そんな大会を支えている幼稚園の先生方や、一生懸命にボールを追いかけた子供たちに拍手を送りながら、なんだか得をしたような気分で博多の森を後にした。



※このレポートは「online magazine yahoo 2002CLUB」、ならびに「online magazine ISIZE 2002CLUB」に掲載されたものです。
<前へ次へindexへ>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送