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 福岡通信 02/12/06 (金) <前へ次へindexへ>

 スポーツが文化たりうるために(2) 〜ハードの充実と指導体制の整備が急務
 シンポジウム「もう1つのワールドカップ〜Jリーグ百年構想 ホームタウンづくりへ」

 文/中倉一志
 前回のコラムでは、アビスパ福岡後援会が行なった「もう1つのワールドカップ〜Jリーグ百年構想 ホームタウンづくりへ」と題するシンポジウムの中から、二宮清純氏の基調講演の一部を紹介したが、今週も引き続き、その基調講演の模様をお伝えしたいと思う。二宮氏はスポーツを文化として定着させるためには、スポーツを学校や企業から地域に取り戻すことの必要性を説いていたが、もう1つの要素としてハード面を整備することが大切だと主張する。

 外国人が日本を訪れて驚くことの1つは、学校や公園に芝生がないことと、そこに人がいないことだそうだ。日本人にとっては公園や校庭は土が当たり前。都会地ではアスファルトで固めてあることさえ珍しくない。そもそもJリーグが出来るまでは、日本人にとって芝生は公園の中の観賞用にあるのであって、策で囲われて「立ち入り禁止」の札が立てられていることさえ当たり前のようになっていた。その芝でさえ、冬になれば枯れるのが当然で、ジーコが国立競技場の茶色の芝生でプレーすることに何の違和感も覚えなかった。

 そして、公園にはキャッチボール禁止、ボール蹴り禁止、ゴルフ禁止の看板が立ち並ぶ。そこには子供たちが元気に走り回り、そして老人たちが運動に親しむ環境はない。それはただ観賞用の空間として存在しているだけだ。これでは人は集まってくるはずもない。「公園は誰のために作ったのか、市民や住民のために作ったのではないのか」そう問い掛ける二宮氏は、こうした公園や学校、そして1年中のほとんどの期間を閉鎖されたままにされている企業のグラウンドを地域住民に開放することが必要だと語る。

 私たちがスポーツをしようと思い立った時、最初の問題として直面するのが場所がないという問題だ。わずかばかりの使用可能なグラウンドを抽選で引当て、やっとの思いでプレーすることが可能になるのが現状で、思い立ったからといってすぐに身体を動かすことは不可能に近い。しかし、二宮氏の指摘するようにどんな町にも公園はある。学校は言わずもがな。少々郊外へ行けば、人っ子ひとりいない企業のグラウンドがある。場所ならある。しかし、一般市民が使える場所がないだけだ。



 現存する施設を使わせず、芝生を植えては立ち入り禁止にする。本当に日本は不思議な国だが、二宮氏は宮崎県にあるサンマリンスタジアムの実例を挙げて、日本がいかにスポーツに対して貧困な考えを持っているのかを説明してくれた。ある時、高校野球をサンマリンスタジアムで開催することが計画された。サンマリンスタジアムは3万人収容の野球場で、本場メジャーリーグの球場を彷彿とさせる内外野総天然芝のグラウンドを持つ日本でも有数のスタジアム。高校球児は試合が出来ることをとても楽しみにしていた。

 ところが、試合はサンマリンスタジアムで行なわれることはなかった。しかも理由が振るっている。その理由は芝が傷むからというものだったのだ。更にこれには後日談がある。スタジアムとの交渉の結果、「試合はともかく練習なら」ということで使用許可が出たのだが、ある条件がついた。それは芝生の上にシートを敷いて練習をするというものだった。これこそ本末転倒。「人が主役なのか、施設が主役なのか」。二宮氏は憤慨する。

 二宮氏は続ける。「ルール栄えて人滅ぶとはこのこと。ルールや決まりは本来、人を守るためのものだが、日本ではルールや決まりは人を縛るためにある。不自然な結果になるのならルールを変えればいい」。そして、日本のいたるところに存在するグラウンドを開放し、誰でもが自由に使うことが出来る環境作りをしなければならないと続ける。いくらスポーツの素晴らしさを解き、スポーツの効用を訴えたところで環境がなければスポーツをすることが出来ないからだ。

 以前、日本文理大学サッカー部を取材したとき、部長を務める郡博文氏が大学を地域のコミュニティの中心にしたいと言っていたことがある。「大学はどこにでもある。施設や資料も十分にある。それなのに学生以外は人が集まってこない。地域と連携して老若男女、あらゆる人が集える場所にしたい」。現存の施設を開放するためには施設の管理や、運営方法等、問題もあるだろう。しかし、二宮氏が言うようにルールを変えれば出来るようになることは山ほどある。まずは活用すること、それが最も大切なことだ。



 二宮氏の講演は約1時間に渡って行なわれたが、その最後に日本における指導体制の問題点について触れてくれた。現在の日本が抱えている問題は大きく分けて3つ。その1つは指導システムが確立していないことだと指摘する。欧米では選手を育成する際に、その選手の成長振りや、過去の怪我の履歴、フィジカルデータを記録した1枚のカルテのようなものを作成する。そして、このカルテに基づいて選手の指導・育成が行なわれている。このカルテの存在が、指導者が変わっても首尾一貫した指導を可能にしているのだ。

 ところが日本にはこうしたシステムがない。そのため、何人もの指導者のそれぞれの理論に基づいた指導がなされることになる。そこでは首尾一貫した育成が実現することはない。しかし、優秀な指導者がいないわけではなく、理論と信念のある指導者も多い。少子化が進む中、失敗しない育成、ひとりひとりを大切に育てる育成が求められているいま、こうした指導者たちが連携を取って指導にあたれる体制作りが急務だと二宮氏は言う。

 次に挙げられるのが指導者の層の問題。日本で指導者というと、チームを強化するものととらわれがちだ。しかし、二宮氏によれば、外国では老人専門の指導者や、妊婦専門の指導者といったように、あらゆる環境の、あらゆる層の人たちを指導する指導者が存在し、それぞれの体調に合わせたメニューを作成してスポーツを行なわせているそうだ。そして、こうした指導者をクラブが養成して地域住民に貢献する。「こういう指導者が育つことが地域密着のポイント」。二宮氏はそう語る。

 そしてもう1つが障害者スポーツに対する理解度不足という問題だ。スポーツが文化である以上、どんな環境に置かれようと、どんな人であろうと親しむ権利は等分にあるはず。JFAの川淵キャプテンも「老若男女、スポーツが上手な人も苦手な人も、誰でもが芝生の上でスポーツに親しむことが大切」と常々語っているが、1日でも早くそんな光景が日本で見られることを望みたい。



 「Jリーグはスポーツの大政奉還」。基調講演の冒頭で二宮氏はそう語った。明治期に文明開化とともに西洋諸国からやって来た近代スポーツは体育と訳され、軍事教練として学校体育を通じて日本に普及していった。そこには楽しむという概念は欠如し、スポーツは一部の選手のものになり、そして、国威発揚、社威発揚の手段として利用され、いつしか地域住民の手から離れていった。日本にスポーツが文化として定着していなかったのは当然のことだった。

 しかし、1993年に開幕したJリーグは、それまで100年近く封印されてきた「スポーツは文化である」という概念を我々の前に開放してくれた。スタジアムはどこも満員。日本にはなかったサポーターという概念を生み出し、それまでスポーツと縁がなかった人たちもスタジアムヘ足を運ぶようになった。ブームに乗った多くの「にわかサポーター」がいたことも確かだ。しかし、Jリーグは確実にスポーツの概念を変えた。

 スポーツとはただ観戦するだけのものではない。みんなが参加し、ともに戦い、一緒になって文化としてのスポーツを支え、そして育てていくものだ。それをJリーグは教えてくれた。日本全体から見れば、まだまだちっぽけなものかもしれないが、スタジアムを中心としたコミュニティが生まれ、それまで出会うことさえなかった人たちが、サッカーという文化を通して触れ合うようになった。そしてスポーツは初めて文化として歩き始めた。

 しかし、まだスポーツは地域中心のものにはなっていない。これまでの日本全体のスポーツに対する理解不足はそう簡単には変えられるものではない。芽生え始めた芽をどうやって大きく育てられるかがいま求められているのだ。「スポーツは大事なソフト。それは地域に誇りをもたらすだけではなく、人が集まり、雇用が促進され、そして観光行政ともつながるもの。スポーツを総合的、トータルな面から捉えるべき」。講演の最後に二宮氏はそう語ったが、それを実践し、スポーツを地域の手に戻す役割を担うのは、地域に住む我々自身に他ならない。


(この項続く)



※このレポートは「online magazine fantasista 2002CLUB」に掲載されたものです。
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