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 福岡通信 03/05/18 (日) <前へ次へindexへ>

 サポーターは? ジュニオールは? そしてジーコは?


 文/中倉一志
「ジュニオールが7試合ぶりに先発したわけですが、ジュニオール選手を起用した意図を教えて下さい」。14日に行われたJリーグディビジョン2、サガン鳥栖vs.ヴァンフォーレ甲府の試合後の記者会見で、ある番記者が真っ先にこの質問を投げかけた。
 実は私はこの類の質問が好きではない。監督が選手を起用する理由はただ一つ。その選手を使ったほうがチームのパフォーマンスが上がると判断した以外にはない。そんな決まりきったことを改めて質問したところで、得るものは何もないと考えているからだ。

 質問した者にしてみれば、戦術的な意図を聞きたいのだろう。しかし、チームの選手構成や選手の特徴、リーグ戦での順位等を知っていれば、どんな戦術を取りたいのかは、ある程度は分かる。また、そうした情報が乏しかったとしても、試合中の選手個々の動きやボールの配給をみていれば、それなりに理解できるものだ。それでも聞くのは、自分の取材能力が低いということを公言しているように思えてしまう。まあ、コメントを掲載するために、わざと聞いているということもあるかもしれないが。

「他の組み合わせで、違う戦術で戦ったほうが良かったんじゃないの」という意味で質問をしていることもあるだろう。しかし、サッカーに正解はないと言われるように、アプローチの仕方は山ほどある。その中で何をチョイスするかは監督に与えられた最大の権利。違う方法があるのは誰でも理解していることで、自分の考えと違うのは、ある意味では当然でもある。監督の選択が間違っているという判断を持っているのならストレートに聞いたほうがいい。そのほうが議論になる。

 ただ、それでも聞かなければいけないときがある。それは、取材を重ねて得た情報からではあり得ない選択である場合、どう理由付けをしても監督の選択の意図が説明できない場合だ。この日はまさにその理由に該当していた。サガン鳥栖とは最も親しい関係にあるであろう番記者だからこそ聞かなければならなかった。監督を傷つけないように言葉を選びながら質問を続ける番記者。その心のうちは複雑な思いで一杯だったに違いない。



 キックオフ1時間ほど前にスタジアムに着くと、既に大勢の報道陣が関係者受付のある正面入り口に集まっていた。TVカメラとスチールカメラマンが目立つ。それもそのはず、この日はジーコ日本代表監督が、サガン鳥栖の試合を観戦することが決まっていたからだ。ただでさえ、日本中のサッカー関係者の注目を浴びる立場の人物。代表関係者が滅多に訪れることのない九州のメディアが高い関心を示すのは当然だった。

 そして、もうひとつ。第5節に先発出場して以来、ベンチ入りさえ出来なかったジュニオールが先発出場すると13日に朝日新聞(佐賀版)が報じたことで、メディアの関心がさらに高まっていた。ジュニオールは言わずと知れたジーコの息子。入団当初は随分と話題を呼んだが、時間が経つにつれて、その動向が報じられることは少なくなっていた。それがどういうことを意味するのかは、鳥栖サポーターなら誰もが知っている事実だった。

 なかなか姿を現さないジーコを待ちながら、報道陣はあちこちで話をし始める。誰もが「まさかなあ」と思いながらも、ある思いを消しきれない。「やはり前半だけでしょう」「いや、フル出場じゃないの?」「今日のセットプレーは全部ジュニオールだな」。皮肉とも取れる会話があちこちでなされる。しかし、心のどこかで、ジーコ張りとは言わないまでも、存在感のあるプレーをしてくれることを望んでいた。そうでなければ喜劇だ。

 ようやく、試合開始30分前にジーコが到着。あっという間にカメラがジーコを取り囲む。しかし、ジーコは無言のまま関係者エリアへ。何かコメントをもらおうと思っていた報道陣は肩透かしを喰った格好になった。しかし、考えてみれば、ジーコが日本代表監督としてサガン鳥栖を視察に来ることなどあり得ない。父親として息子の様子を見に来たというのが本当のところ。あくまでプライベートなのだから公式な発言などするはずはなかった。



 さて、注目のジュニオールは右サイドの攻撃的なMFとして登場した。試合出場は今シーズン2度目。初めてホームに姿を現した。果たしてどんなプレーをしてくれるのだろう。私はジュニオールの姿を追った。背中を丸め、足をそれほど高く上げずにゆっくりと走っていく姿は父親ジーコそっくり。見た感じでは、ゴールを狙うというよりも、パスを供給するのが持ち味のように感じられる。スピードは、それほどあるようには感じられない。

 しかし、ボールが回ってこない。甲府にボールを支配されているわけではない。味方がジュニオールにパスを出さないのだ。鳥栖のアタックは左サイドを中心に動いていく。しばらくして大友とジュニオールがポジションをチェンジすると、今度は鳥栖の攻撃は右サイド中心。やはりボールはジュニオールに回ってこない。前半のボールタッチは10回ほどか。しかも、意図的にパスが回ってきたのはそのうちの半分程度。他に誰もいないので、とりあえず預けたという程度のパスだった。

 後半も同じようなものだった。そして73分に佐藤大実と交代してピッチから去った。1試合だけで選手を判断するのは難しい。しかし、この日のプレー振りを見る限り、何かをしてくれそうな予感は全く感じられなかった。ボールが回ってきても、近くにいる選手に無難にボールを渡すだけ。相手の隙をつくようなスルーパスは出せないばかりか、その片鱗さえ窺うことは出来なかった。ボールを持った姿勢も、どこかしら不安定に感じられた。

 残念なことに、ジュニオールは先発起用の理由を自分のプレーで明らかにすることが出来なかった。そして、「攻撃サッカー」から「とにかく勝つこと」に路線変更したチームが、固まりつつあった布陣を敢えて変更した理由も見出すことは出来なかった。なぜ、この試合でジュニオールを使ったのか、その疑問ばかりが膨らんでいく。なぜ、ジュニオールの出場だけを前日に発表したのだろう。ピッチからジュニオールが去るとき、サポーターは声援を送ることをしなかった。



 記者会見場では、冒頭の質問をはじめとして、ジュニオールの先発出場の理由を尋ねる質問が続く。しまいには「はたから見ていると、ジーコ監督が来られたからジュニオール選手が出たように見えるんですが」という、極めてストレートな、辛らつな質問も浴びせられた。しかし、千疋監督は「それは、ご想像に・・・」と答え、起用の理由については最後まで不明確なまま。報道陣が想像していたことについては、否定も肯定もしなかった。

 どうしてジュニオール選手が、この時期に突然先発起用されたのかは分らない。また、その理由をこれ以上詮索したところで何も生まれない。しかし、日頃のトレーニングの成果や、チーム戦術の理解度、勝つためのメンタリティなど以外の理由でジュニオールを出場させたとしたら、それはサッカーを冒涜する以外の何物でもない。また、ジーコが観戦に訪れることを何かに利用しようとしたのなら、それはジーコに対する侮辱以外の何物でもない。

 少なくとも現在のジュニオールのレベルは、サガン鳥栖でレギュラーを取れるレベルには程遠い。再びピッチに立つには相当の努力を必要とするだろう。もし、勝つため以外の何かの力によって彼が出場したのなら、それはサガン鳥栖の勝利を願っているサポーターの心をバカにしたも同然。レギュラーを目指して必死の努力を続けている選手たちを無視したものだ。そしてそれは、ジュニオールを、ジーコを喜劇の主人公にしたことにもなる。

 表立ってはいないが、サガン鳥栖が再びかなりの経営難に陥っていると噂する者もいる。大手スポンサーが手を引き、観客数は減少の一途。経営建て直しのために何か手を打とうとするのは当然のことだろう。しかし、サッカーのすばらしさを観客に伝えること、サッカーが町にあることのすばらしさを伝えることによってしか解決は出来ない。多くの話題を提供しながらも、わずか2001人の観客しか集まらなかったという事実が、それを証明している。



※このレポートは「ONLINE MAGAZINE 2002CLUB」に掲載されたものです。
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