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 福岡通信 03/05/30 (金) <前へ次へindexへ>

 頑張れ!KYUリーグ


 文/中倉一志
「縦切れー!縦、縦」「背負ったぞ」「フリー、フリー」

 Jリーグのスタジアムでは聞こえなくなった声が耳に飛び込んでくる。他にもボールを蹴る音や、「ガツン」という身体と身体がぶつかり合う音、そして「ザクッ、ザクッ」という芝生の上を走る音まで聞こえてくる。スタンドのついていないグラウンドで繰り広げられるサッカーの試合。満員の観衆もいなければ、沸きあがるような歓声もない。しかし、ボールを追う目はJリーグの選手のそれと変わらない。そこにはサッカーの原点がある。



 去る5月24日、北九州市にある本城運動公園を訪ねた。メインスタジアムで行われている陸上記録会を横目で見ながら隣の補助競技場に向かう。周囲とは簡単な金網で区切られただけのグラウンド。センターサークル付近から4つのコーナーに向けてつけられた傾斜は坂のようで、まるで小さな丘のよう。芝生もあちこちがはがれている。既に選手たちがアップしているが、事情を知らない人なら草サッカーかと思っても不思議はない。

 しかし、選手たちの表情は真剣そのもの。余暇にサッカーを楽しむ人たちのそれではない。それもそのはず、この日、本城陸上競技場補助グランドで行われたのは、第31回九州サッカーリーグ(通称Kyuリーグ)第7節。Jリーグを除けば、九州で最も権威のあるリーグ戦なのだ。参加チームは、日本サッカー協会に加盟登録し、全国社会人連盟に所属している九州各県代表チーム。JFL、そして未来のJリーグ入りを夢見て熱い戦いを繰り広げている。

 例年なら10チームで行われるKyuリーグだが、今年はJFLから降格してきたサン宮崎(前プロフェソール宮崎)とアルエット熊本を加えた12チームで優勝が争われている。大会方式は2回戦総当りのリーグ戦。4月5日に開幕したリーグ戦は10月5日に全日程を終了する。90分勝利に勝ち点3が、PK勝ちに2点、PK負けに1点が与えられ、勝ち点合計で順位を決定する。年間通算で2位以内のチームには全国地域リーグ決勝大会への出場権が与えられるが、下位チームには入れ替え戦が待っている。

 6節を終えて首位を行くのは5勝1敗、勝ち点15のヴォルカ鹿児島。それを勝ち点14の沖縄かりゆしFCが追い、以下、サン宮崎、新日鐵大分と続き、昨年のJFL参加チームであるアルエット熊本は5位につけている。上位陣は、ほぼ順当な結果といえるが、その中でも元JFLチームの2チームを破った新日鐵大分の健闘が光っている。また、下位に甘んじているクラブも上位陣と接戦を繰り広げており、その差は僅か。侮れるチームはいない。



 さて第7節の第1試合、Kyuリーグファン注目の一戦が行われた。加藤久監督率いる沖縄かりゆしFCと、前田浩二、内藤就行、野田知の3人の元Jリーガーをプレーイング・ディレクターとして迎えているヴォルカ鹿児島の対戦。ともに地域に根ざしたクラブ作りと、将来のJリーグ入りを目指すクラブチーム、直接対決で相手に遅れを取るわけにはいかない。加藤久監督が物静かに選手たちに指示を与えれば、前田選手兼任監督は熱く、力強く指示を与える。そして試合は12:00にキックオフされた。

 かりゆしFCのシステムは4−4−2。中盤は貞富をワンボランチにしてその前にMF3人が並ぶ。攻撃の中心は右MFのルイ・コスタ。高い個人技と鋭い飛び出しでゴールを狙う。対するヴォルカはダブルボランチを置いたオーソドックスな4−4−2。前田、内藤、野田の3人が全体のバランスに気を配り、攻撃は9年連続得点王の西を中心に組み立てる。ともに攻撃的な姿勢を見せる両チームは、立ち上がりから激しくぶつかり合う展開が続く。

 風上に立ったヴォルカは徹底して前線の西に向けてロングボールを放り込む。空中でボールが押し戻されるほどの強風の中、早めに前線に放り込んで、セカンドボールをつないで攻めようという作戦のようだ。しかし、このロングボールにかりゆしFCは完璧に対応した。187センチの長身CBモラレスが西を徹底してマーク。ハイボールはことごとくヘディングで跳ね返してヴォルカにチャンスを与えない。前へ蹴ることばかりに意識がいくヴォルカの中盤は間延びし、セカンドボールを拾えずに苦労する展開が続く。

 そんな展開の中、かりゆしFCは内藤の守備に押さえ込まれていたルイ・コスタが左サイドへポジションチェンジ。そのルイ・コスタに徹底してボールを集めてペースを掴んだ。そして、かりゆしFC最大の決定機は31分、だがGK恒松のファインセーブにあってボールはわずかにポストの外へ外れた。やがて試合はロスタイムへ。誰もがこのまま折り返すと思った瞬間、DFとの競り合いから鋭く抜け出したルイ・コスタがGKと1対1の場面から先制ゴールを奪った。



 ここまでの展開なら、かりゆしFC有利は動かないようにも思えた。ただロングボールを蹴るだけしかしないヴォルカにとって、かりゆしFCのCBモラレスはあまりにも厚い壁だったからだ。空中戦を完璧なまでに制され、ヴォルカのロングボールは、ただの一度もかりゆしFCの守備を慌てさせることができなかった。しかし、前田兼任監督は全く動ずる様子を見せない。「まだ何も終わっていない。必ず点を取れる。気持ちで絶対に負けるな」。強気の姿勢を見せて後半のピッチに向かった。

 後半、ヴォルカは全く違ったサッカーを見せる。風下に立ったことでロングボールを使わず、グラウンダーのボールをつないで両サイドから攻撃を仕掛け始めたのだ。どうやら、強風を計算にいれて、あらかじめ用意していたゲームプランのようだ。そしてかりゆしFCは、守備の不安定さを露呈しはじめる。空中戦は完全に制していたのだが、サイドから入ってくるボールに対して最終ラインのバランスが取れない。完璧とも思えた守備陣だったが、意外にも脆さを抱えているようだ。

 そして開始直後の1分、意外な形でヴォルカが追いついた。左サイドを突破した久野がグラウンダーのクロスを送ると、DFに入ったモラレスが自陣ゴールに向かって見事なシュート(?)。ゴールキーパーは一歩も動けず、ただボールの行方を追うことしかできなかった。狙い済ましたようなオウンゴール。しかし、久野のクロスボールに対して、かりゆしFCは守備陣形を全く整えることが出来ておらず、いずれにせよ、サイドを突破した時点でヴォルカの勝ちだった。

 その後は一方的なヴォルカペース。前半は切れのある動きを見せたルイ・コスタも内藤に押さえ込まれてチャンスを作ることが出来ない。そして、時間とともにルイ・コスタのパフォーマンスが落ちたのを確認した内藤が、積極果敢に攻めあがるシーンも見られるようになった。ヴォルカが追加点を挙げられず試合はPK戦にも連れ込んだが、精神的には明らかにヴォルカが優位。そして、ヴォルカがそのままPK戦を制して最初の天王山を制した。



 金網で仕切られたピッチの外では、近所の子供たちが思い思いに遊び、となりのメインスタンドで行われている陸上記録会に参加する中学生たちがアップに精を出している。メインスタンドの反対側は道路1本隔てて民家が立ち並ぶ。グラウンドといっても、公園の広場にラインを引いただけのようなものだ。この金網の内側で、日本サッカー界の中心にいる加藤久や、Jリーグや天皇杯で優勝争いをしていた選手がいるなどということは、一部の人間を除いては気づく人などいなかったろう。

「将来はJリーグ」。確かに夢を持っているのだろう。しかし、そこにたどり着くまでの道のりは、あまりに遠い。決して恵まれているとはいえない環境の中で、何故、彼らはそこまでしてサッカーを続けるのだろう。率直に言って、そんな疑問がわく。更衣室もシャワーもないグラウンド。備え付けられたベンチで前田兼任監督が汗を拭いている。その表情は穏やかで、とても満足そうだった。答えはすぐに見つかった。簡単なことだ。彼らはサッカーが好きなのだ。

 Jリーグが開幕してから11年。青い芝生も、スタンドを埋める観客の姿も、そして、スタジアム中に響き渡る歓声も、我々は当然のように受け止めるようになった。確かに、それらのものはサッカーを盛り上げるには欠かせないものだ。しかし、そうしたものが全くなくても、彼らのボールを追う姿は間違いなく私を引き付けた。技術も、スピードも、戦術もトップクラスとは比較にもならない。でも、好きだという気持ちにまさるものはないということを改めて教えられた気がした。



※このレポートは「fantasista online magazine 2002CLUB」に掲載されたものです。
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