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 福岡通信 04/04/25 (日) <前へ次へindexへ>

 おめでとう日本女子代表。そして感動をありがとう。


 文/中倉一志
 その瞬間、大歓声が国立霞ヶ丘競技場を包み込んだ。空に向かってこぶしを突き上げる澤。ベンチからも選手たちが一斉に飛び出した。その姿を讃える「ニッポン、ニッポン」の大声援。そしてひるがえる日の丸。長い8年間だった。厳しい90分間だった。しかし、彼女たちの目は五輪出場という大きな目標をしっかりと捉え、全てをかけて準備を重ね、そして思いの全てをボールにぶつけた。いま、日本女子サッカーの歴史が動いた。

 1991年5月26日、平和台(福岡県)で行われた第8回アジア女子選手権の初日に勝ったのを最後に、日本は北朝鮮に7連敗を喫していた。世界ランキング7位。アジアの女子チャンピオン。日本にとっては不利な材料ばかりが並んでいた。だが、アップをする選手たちの表情に浮かんでいたのは、大一番を迎える緊張感でも、強敵・北朝鮮に対する気負いでもなかった。それは、自分たちが積み重ねてきた物を信じる自信だけだった。

 ゴール裏には、いつも彼女たちを見つめ続けたサポーターがいた。関係者以外に観客など誰もいないスタジアムで、彼(彼女)らは、ただひたすら女子サッカーを支え続けてきた。恵まれない環境でプレーする選手たちを、手弁当でチームを支えるスタッフたちを、彼(彼女)らは必死になって応援し続けてきた。何としても彼女たちをアテネに行かせたい。そんな気持ちはいつしかゴール裏を埋め尽くすまでに広がった。彼(彼女)らも選手とともに戦っていた。

「私が監督になってから、これを目指してやってきた。そして選手たちがよくやってくれて、こういう結果が残せて非常にうれしい」。スタジアムの興奮が冷めやらない中、上田監督はTVのインタビューに答えていた。いつものように冷静な表情。答える言葉は短く、TV受けするようなセリフは出てこない。だからこそ、監督の喜びが伝わってきた。順風満帆に進んできたわけではない。確実視されていたW杯の切符さえ、プレーオフの末にようやく手に入れた。そんな様々な出来事の全てを力に変えた。



 この試合の立ち上がりこそ、日本女子代表の気持ちを表すものだった。この日のあるスポーツ新聞には「守って守って左の山本から沢!!1−0狙い」という見出しが載った。とんでもない。日本は立ち上がりから積極的に前に出た。開始30秒、大谷が、この日のファーストシュートを放つと、自分たちの五輪に対する気持ちをぶつけるように前へ、前へと飛び出していく。北朝鮮相手に1対1でも負けることなく堂々と勝負を挑む。

 日本の気迫に明らかに北朝鮮は浮き足立っている。戦前の予想では、技術・フィジカルともに北朝鮮が上。しかし、こぼれ球を拾って分厚い攻撃を繰り出すのは日本のほうだった。そんな彼女たちの気持ちが結実したのが11分。酒井からオーバーラップしてきた川上へ。すかさずクロスボールが入る。北朝鮮DFが頭でクリアしようとしてボールがこぼれた。そこへ飛び込んできたのは荒川。GKとの1対1から、冷静に相手の動きを見極めて貴重な先制ゴールを決めた。

 15分を過ぎた辺りから、さすがに北朝鮮がジワジワと前へ出る。北朝鮮のボールキープ率が上がり、日本陣内でのプレーが増え始める。日本が警戒すべき正確なロングクロスもゴール前に上がりだした。それでも日本はひるまない。全員で走り回ってボールを拾い、北朝鮮のアタックには必ず2人で挟み込む。そして、攻める気持ちも忘れない。わずかな隙をついて荒川と大谷がゴール前へ飛び出していく。1点を守りきろうなどという気持ちはどこにもない。

 サポーターもありったけの声援を選手に送る。スタジアムが一体となって北朝鮮の攻撃を跳ね返し、ゴールに走る選手たちを後押しする。すさまじいまでの一体感。こんな気持ちになったのはいつ以来のことだろうか。ワールドカップ以降、みんなが忘れかけていたものが蘇る。ピッチの上で戦っているのは自分自身。20,000人のサポーターが選手とひとつになってボールを追う。そして45分、荒川の突破が北朝鮮のオウンゴールを誘う。全員の気持ちで押し込んだ1点だった。



「中倉さん、張り切りすぎて左手が折れちゃったみたいです」。福岡のTVの前で熱くなっている私のところへ西森スタッフから連絡が入る。取材パスをもらえない2002world.comはスタンドから観戦。選手たちの戦う姿と、一体化したスタンドに興奮しすぎて、どこかに左手をぶつけたらしい。「肩がこります。息が抜けません」。声を枯らして報告してきたのは貞永スタッフ。急遽、大阪から取材の応援で駆けつけたのだが、すっかりサポーターモード。選手とサポーターとともに戦っている。

 そして後半、いよいよ北朝鮮の猛攻がはじまる。ボールを一方的に保持し、日本をゴール前に釘付けにして分厚い攻撃を繰り出してくる。ゴール前には何度も、何度もきわどいクロスボールが入る。気が気でない展開が続く。しかし、日本代表は腰を引かない。押し込まれても、ピンチになっても11人全員で前に出てボールにぶつかっていく。必ず相手に身体をぶつけ、こぼれたボールは何が何でも最初に触る。気迫以外の何ものでもない。

 そして64分、押し込まれながらも決して攻める気持ちを忘れない日本に3点目が生まれる。右CKからのチャンス、宮本がヘディングで折り返したところへ大谷。ボールに身体ごとぶつけてゴールネットを揺らした。全員でゴールを守り、全員でゴールを目指す姿勢が生んだ3点目だ。スタジアムの一体感はますます増していく。もはや、ピッチの上の選手、ベンチに控える選手、そしてサポーターの区別はなくなっていた。20,020人vs.11人。日本が負けるはずはない。

 25分、北朝鮮の鋭いシュートがゴールマウスを襲う。山郷が伸ばした手に触れたボールはわずかにコースを変えてクロスバーに当たる。30分、1対1の場面を山郷がブロック。そして35分、思わず目をつぶったシュートをポストが、そして磯崎がはじき返す。提示された5分間というロスタイムも気にならない。攻めてくるなら全員ではじき返すだけ。隙を見せるのなら全員で攻めるだけだ。そしてとうとう、日本のアテネ行きを決めるホイッスルが国立競技場に響き渡った。



 こんなに熱くなったのは、いつ以来のことだろう。こんなに純粋に勝利だけを願ったのは、いつ以来のことだろう。日本の歴史を変えるんだ。そんな強い気持ちが選手たちから伝わり、ここまで女子サッカーを支えてきたサポーターたちから伝わってきた。そんな思いが回りを変えないはずはない。応援のための応援ではない。勝つところを見るための応援じゃない。痛みも喜びも分かち合って一緒に戦う。本当の代表の戦いが国立競技場にあった。

 その原点はサッカーを思う強い気持ちだ。環境が恵まれていなくても、ほんの少しの注目さえ浴びなくても、好きなサッカーを思う存分やりたい。好きだからこそ試合に勝ちたい。そのためにはどんな苦労も厭わず、全てをサッカーに費やしたい。そんな気持ちをベンチ入りした選手を含めて20人全員が持っていた。そして、そんな彼女たちの思いを純粋に応援したいというサポーターがいた。それはいつしか我々が忘れかけていたものだった。

 素晴らしい試合だった。もちろん、気迫だけで勝てたのではない。北朝鮮に対する周到な分析と、それを打ち破るための練りに練られた戦術。そして、それを実行するための厳しいトレーニングの数々。それらを積み重ねたからこ導かれた結果だった。ある意味では、狙い通りの試合だったと言えるのかもしれない。しかし、それも全ては相手に勝つという強い気持ちがあってこそのもの。感動を覚えたのは、そんな気持ちによるところが大きいのだろう。

 今日の勝利は、これまで女子サッカーに関わって来た多くの人たち、全ての女子サッカープレーヤー、サポーター、そしてサッカーを愛する全ての人たちの力が結実したものだ。そして、その思いを26日の決勝戦に選手とサポーターはぶつける。相手は中国。こちらも強敵だが日本にとって恐れる相手ではない。持てる力の全てを出して勝利を勝ち取りに行こう。もう一度、喜びを選手とともに分かち合いたい。そして、優勝という大きな勲章を持ってアテネへ旅立ってもらいたいと思う。
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