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 札幌からのメール 03/08/13 (水) <前へ次へindexへ>

 最後の砦 〜雨の中の横浜FC戦


 文/笹田啓子
 天気予報では「午前中には雨はあがり午後はくもり」だと言っていた。だから会社から直行する予定で準備したその日の観戦グッズの中には合羽は入っていなかった。実際日中雨は降らなかった。なのに試合の時間が近づくと、雲がどんどんその厚みと色を増していって、見るからに重そうな空になると間もなく会社の2階の窓からのぞいて見た灰色のアスファルトが黒く染まっていった。なんだよ、この時間に雨降るなんて言ってなかったのに。

 平日のナイター、しかも雨降り、盛り返すはずの後半戦も折り返し2試合目の山形にアウェイで逆転負け、夏だというのに一向に上がらぬ気温のように熱気を出せないでいるチーム。こんな日に厚別に足を運ぶファンは一体どれだけいるのやら。どんより重い空でただでさえ乗らない気持ちが、更に沈んでいく。それでも私は仕事を予定よりも少し早く終えて、小雨降る中競技場へ向かうためJRに飛び乗る。それでもキックオフの時間には到底間に合わない。携帯に流れてくるオフィシャルからの試合速報メールがとりあえずは頼りだ。

 新札幌駅に降り立つ。路面は乾いている。会社のある街に降っていた雨は、まだ厚別には届いていなかった。タクシー乗り場で「厚別の競技場へ」と告げると、運転手さんは少し間をおいて「ああ、今日は7時から試合でしたね」と声をかけてくれた。競技場へ向かう車のフロントガラスに小さな水滴。やっぱり降り出したか。その間に速報メールはもう3回届いていた。試合開始、札幌先制、横浜FC同点。まだ10分も経ってないのにこの展開はなんだ。



 厚別を照らす照明車の明りが見える。タクシーは競技場のアウェイ側スタンドの入り口に近いところで停車した。車を降りると札幌のサポーター達の歌声が聞こえてきた。すっかり暗くなった空と霧雨に少しだけ霞んだスタンドから聞こえてくるその声は、お世辞にも素晴らしいと礼賛するほど見事なものではないけれど、それなりの力強さを湛えて湿気とともにその場の空気に溶け込んでる。

 入場してすぐ見えた電光掲示板は2−1の数字を示していた。速報は来ていないけどどうやら2点目を札幌の誰かが取ったようだ。そのままアウェイ側ゴール裏の入り口付近で試合を眺める。自分達のゴール裏を対面で見ることは滅多にない。そんなところから見る厚別も、うん、結構悪かない。霧雨の小さな粒は照明に照らされて風に流されていくのが見えるぐらいだけど、赤い合羽を着込んだお客さんはそれなりの数集まっている。なんとなくホッとする。それからすぐに流れてきた速報メールで、2点目がビタウの得点だと知る。

 私は前半20分頃からの観戦となった。その私が見ている間のうちに札幌の3点目のチャンスは幾度かあった。が、すべて横浜FCの必死の守りにかわされた。
 「かわされて、いいのか?」その思いは横浜FCのGKにあった。

 横浜FCは、前節の大宮戦で先発したGKの菅野が退場処分になり今日の試合は出場停止になっていたが、その大宮戦、横浜FCはGKの控えをベンチに入れていなかった。3人いるうちのGKのうち2人が怪我で出られない、ということだった。ところが唯一人出場したGKが出場停止、では今日守るのは一体誰?まさかフィールドの選手がGKを?と思ったがそれはさすがに違った。ピッチの上には背番号1、水原が先発していた。よくは知らないけど、この人怪我人なんだよなぁ。水原の動きを見ていた。



 水原が札幌のシュートをはじく。何度も。
 怪我人だから動きに問題があるのではないかと思っていたが、怪我というハンデを負っているからこそ、なのか、札幌という相手以上に「自分に負けたくない」という気持ちが彼のプレーから伝わってきた。もっともそれは札幌を応援している私としては伝わってきて「しまった」というべきか。手負いの相手にトドメを刺すという空気は札幌から感じられない。攻め込めば幾らでも隙はある、と、逆に札幌に対してそう見えてしまった。3点目、4点目を確実に取っていかないと、この試合やばいかも。

 その悪い予感はどうして的中してしまう。
 後半開始からほとんどの時間帯を横浜FCの陣内で過ごす。圧倒的に札幌が攻めている。にもかかわらず、1点が取れない。攻めているのに点になりそうな雰囲気がない。それなのに「攻めている」ということだけで「勝った気に」なっている嫌な感じ。この空気のままで果たして1点のリードを最後まで保つことができるのか。保てないんじゃないのか。それまでにだって、数は少ないまでも決定的なチャンスを横浜FCに与えてしまっている。そのうち一度をモノにされたらこの試合は振出しだ。きっちりと3点目を取ること、それでなければどれだけ攻めていたって勝ったことには絶対にならない。いまこの1点差など、差のうちに入らない。そのとき一体どれだけの人間がそのことを危惧し、気持ちを集中させていたか。

 案の定だ。
 後半25分に城のこの日2得点目で同点。あっけない、本当にあっけない失点。札幌は今日の勝ち点を3にするために、残り20分以内に勝ち越しのゴールを絶対に奪わなければならなくなった。だけど残りの20分で札幌の勝ち点が3になるとは、その時点で私にはとても思えなくなっていた。横浜ゴール前で札幌の選手がなだれ込む。それを同じぐらいの数で対抗して必死に守る横浜FC。接触プレーで水原が倒れこんでしばらく動けない。やっとのことで立ち上がった水原に、私は覚悟を決めるしかなかった。今の札幌には、もうこのGKから絶対に点は取れない。



 怪我をしているからといって、ひとたび試合に出ればGKというポジションは最後の砦。試合が始まってしまったからには、最早何の言い訳も出来ない。ただひたすらにこのゴールを守る、思うように動かぬ身体を以ってして、足りぬところは気持ちすら壁にして。水原の背中にそんな気持ちを感じると、同時に私はこの試合の札幌の勝ち点が0にならないことを祈ってしまった。
 
 本調子ではないGKならば余裕を持ってかわせるほどの実力が、今の札幌にないことを私達はしっかりと自覚していなけれなならなかった。新聞が「札幌有利」と書きたてても、そういう相手にこそ逆に寝首をかかれないようにしないと、と口では言っていても、現場に出ると悲しい哉期待のほうが上回ってしまう。ちょっとうまくいきそうになるとすぐに有頂天になる。冷静に考えればそのリアクションこそいかにも勝ちきれないチームのそれだ。勝ち越し点を挙げて浮かれている場合なんかじゃなかった。相手が手負いであればこそ余計に、完膚無きまでに叩きのめさなければ、この形勢など容易に逆転してしまう。かつてJ1に何度かいたことがあったといえ、今現在の札幌はJ2の中位を争う、実力的には横浜FCとそうは変わらない、そのことをまさに今思い知らされている真っ最中に、どうして勝ち越しの点が奪えようか。

 2−2のまま審判の笛が鳴ると、水原が疲れ果てたようにがっくりと膝をつくのが見えた。戦い抜いて、そして勝つことはなかったけど負けることもなかった。そんな水原の姿が目に強く焼きついて、ゴール裏に挨拶に来た自分達の選手の顔を見ようという気には、これっぽっちもなれなかった。



 客席から人々が足早に退散していく。霧雨はいつのまにかすっかり止んでいて、寒くもなく暑くもない、熱くもなれないただ湿った空気だけがスタンドに残った。明日から8月、でもきっと今年はもう暑い夏は来ないのだろうな、とぼんやり思った。
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