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君たちは僕らの夢


文/山田 晃裕

 閑散とした月曜日のラモンデ・カランサのチケット売り場。今季ホームでのラストゲーム・テラッサ戦のチケットは早くも完売となった。生涯カディスを愛し続け「心」を身上とする私の友人は、家族のためにプラチナチケット3枚を購入。自分は所用があるので、テレビ観戦ということだった。

 スタジアムで観戦するにしてもしないにしても、この試合はカディスタ(カディスファン)たちにとっての大一番になる。前節、アウェーでポンテベドラと引き分けたカディス。昇格圏内の3位をキープしたものの、4位レクレアティーボと5位エイバルが勝ち点差1に迫り、ヘレスに勝利したセルタが1部昇格を決めた。21位に沈んでいるテラッサが相手なだけに、昇格を決めてしまいたいカディスにとっては負けられない試合となる。そして、残された椅子はあと2つ…のはずだった。

 しかし、水曜日、セルタがヘレス戦で出場規定を満たしていないBチームの選手を出場させたことが発覚。金曜日に調査を行ったリーガの競技委員会は事実を確認し、セルタのヘレス戦での勝ち点3剥奪を決定。これにより、セルタは一旦決まった1部昇格が取り消しとなり、再び昇格枠は3つとなった。「僕らは1週間で2回も昇格する最初のチームになれるね。」とはセルタのジオバネッラ選手の弁である。チャンスが広がったとは言え、カディスにとってテラッサ戦が大一番であることに変わりはない。選手にとってもファンにとっても最低限の目標は「勝利」である。

 試合前夜、27年ぶりにコパを制したのはベティスだった。アンダルシアのチームが公式戦で優勝したのも27年ぶりのことだった。「心」の友人は、「歴史は繰り返す。明日は俺たちの番だ。」と語っていた。狙うのは11シーズンぶりの1部昇格だ。


 試合当日、2時間前からサポーターがスタジアム前に大集合。Jリーグでは早々に禁止となったチアホーンの音が鳴り響く。誰かが鳴らせば数秒以内に誰かが答えるといったところだ。後に満員になるであろうスタジアムに入る。そして、メインスタンド中央の最前列に陣取った1人の女性に声を掛けられた。もちろん全身黄色。彼女はタタ・デ・ペパ。カディスを愛して数十年、カディスタたちの象徴的な存在である。

 彼女が着ているユニフォームにはその評判のためか、選手全員のサインが入っていた。ウォーミングアップの時から選手への声援が止まない。ピッチ中央で選手全員が円陣を組む。それが解かれる時、サポーターも1つになり大きな声をあげた。ファンが望むことはただ1つ「昇格」であることが改めて確認された。ただ、時折聞こえる爆竹の音が気になった私であった。

 そして選手入場。大歓声と共に迎えられる。今日が今シーズンのホーム最終戦。キックオフ前、北側サポーター席から「君たちは僕らの夢」と書かれた巨大な横断幕と黄色の巨大なユニフォームが出現。サポーターだって今日昇格を決めたいのだ。これを目にした選手たちはどれだけ幸せだろうか。


 そしてキックオフ。カディスのフォーメーションは4−2−3−1。GKはアルマンド。DFは右からバレーラ‐デ・キンターナ‐パス‐ラウール・ロペス、フレウルキンとマノロ・ペレスに代わってスアレスがダブルボランチを務める。右サイドはエンリケ、左サイドはセスマ。トップ下にパボーニを置き、最前線にオリが構える。カディスが序盤からボールを支配する。チーム全体でのプレスが効いている。風がバックスタンドからベンチ側に向かって吹いているので、ロングボールを有効に使った攻撃が展開される。起点はDFライン、ターゲットはオリだ。風上に立つ右サイドのエンリケのボールタッチも多く、大忙しだった。

 12分、ペナルティエリア内でセスマが倒されるも、審判はシュミレーションとジャッジし、セスマにイエローカード。その時、私の背後で「あの審判おかしいわ」とつぶやいたのは7歳ぐらいの女の子だった。観客すなわちファンの年齢層は実に幅広い。試合序盤、1対1の勝負を制していたカディスがサイドからも中央からでも崩す。テラッサDFはラストパスを凌ぐことで失点を防いでいた。

 しかし、28分に均衡が破れる。左からのコーナーキックをデ・キンターナが豪快なヘッドをテラッサゴールに叩き込んだ。スタジアム中から歓喜の声が上がった。興奮したサポーターがネットによじ登る。彼らを鎮めるために警備隊が目を光らせていた。この後もカディスは攻撃し続ける。オリのポストプレーは的確で、右にも左にも完璧にボールを捌いていた。ただ、3人目の動きの意識がやや少なかったためか、いずれの好プレーもゴールには結びつかなかった。1−0で前半を折り返す。

 カディスの昇格は他会場の結果次第となっているため、ラジオを聞きながら観戦するファンの姿が目立った。カディスが勝ち、1位のセルタが5位エイバルに勝ち、2位アラベスと4位のレクレアティーボが負ければ晴れて昇格となる。前半終了時点で、セルタはエイバルにリードを許し、アラベスは1−1の同点で前半を折り返した。レクレアティーボはカディスと同じく、1点のリードを保って前半を終えている。この時点では、昇格を決めるチームはひとつもないという状況であった。


 そして後半キックオフ。前半とは一転してスロースタートのカディスイレブンを見て、一抹の不安を感じたのは私だけではないはずだ。ボールをキープしても行き詰るシーンが多く、なかなかシュートを打てない時間が続く。「シュートを打って流れを掴む」というのがセオリーなのだが。そして59分、カディスが一瞬の隙を突かれて失点。GKアルマンドのクリアボールを拾われ、ボールは前掛かりになってがら空きになったゴールに吸い込まれていった。歓声すら聞こえない。何人かいるであろうテラッサファンの歓声も、カディスファンのざわめきにかき消されてしまうのだ。ちなみに、この日の観客数は満員の2万3千人だった。この時点では、テラッサが試合の主導権を握っていた。

 そして65分、スアレスに代わってマノロ・ペレスが入る。直後のFKは惜しくもバーを越えていった。しかしその2分後、守勢から1点のカウンターで駆け上がってきたパボーニが、あっという間にペナルティーエリア前までボールを運ぶ。DFラインとGKの間に出されたややプラス気味のパスに反応したのはセスマだった。DFを引きずったままではあったが、ゴール右隅に冷静に左足で押し込んだ。会場には安堵と狂喜が入り混じった歓声が上がった。そして狂喜乱舞したサポーターによって挙げられた発炎筒のおかげで、試合は一時中断。サポーターの過激な行動に厳しい昨今のヨーロッパサッカー界。「このスタジアムでの無観客試合なんぞは勘弁してもらいたい」と感じた私だった。サポーターと選手との距離が近いこのスタジアムで、無観客試合ほどひどい仕打ちはない。

 75分、司令塔のパボーニに代わってベサレスが入る。ボランチのマノロ・ペレスをトップ下に上げ、ベサレスが空いたポジションに入った。自由を得たマノロ・ペレスは水を得た魚のように動き回った。それまで少しずつ運動量が減ってきていたカディスだが、ここでエンジンが再び掛かる格好となった。そして、ダイナミックなサッカーに再び手を焼き始めたテラッサDF。ファウルで止めるシーンが増えてくる。明らかな後ろからのタックルで一発退場してしまったのは、テラッサのルベン。10人になった上、1点のビハインド。テラッサに負ければ決定する降格の影がちらつく。

 試合を決めるゴールはエンリケの頑張りから生まれた。この日最もよく働いた右サイドの職人は、ペナルティーエリアで倒されPKを獲得。これをマノロ・ペレスがゴール右隅に突き刺して3−1。その後功労者のエンリケがダニ・ナバレテとの交代。大きな拍手で送り出された。そして試合は終了。今シーズンのホーム最後の試合を勝ちで締めくくった。


 試合終了後、誰もが他会場の結果に耳を澄ます。残念ながら、1位のセルタがエイバルに敗れたことで今夜の昇格はお預けとなってしまった。そして、レクレアティーボがラストプレーで追いつかれて事実上昇格争いから脱落。エルチェと引き分けたアラベスが見事に昇格を決めた。残る2つの昇格枠をめぐって、2位カディス、3位セルタ、4位エイバルが最終節にしのぎを削る。カディスは勝利すれば文句無しで11年ぶりの昇格を決める。最終節、ヘレスとのカディスダービー、勝って昇格…さぁ、舞台は整った。

 スタンドががらりとした後も、多くのカディスタが選手出口にたむろしていた。”Si, si, si!!! Nos vamos a subir!!!(よっしゃ、1部に上がろうぜ!)”の大合唱が響く。私はカディスタたちの愛情に驚嘆してしまった。彼らとクラブの間には「愛」を超える何かが存在しているのだ。翌日の新聞の見出しは ”A un paso(あと一歩)”。私はあの横断幕を思い出していた。「君たちは僕らの夢」そして、「ファンの夢はチームの夢」であるということを。
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